第30話
夜、歓楽街の高級レストランの個室。白いテーブルクロスの敷かれた円卓で、俺は左右から詰められていた。
「お兄様! どうして出禁なんだ!? 次に勝てば取り返せたのに!」
「ボクが出禁なのはどういうわけなんだい! ずっと勝ち続けてたから、あのままいけば国が買えたのに!」
ローレルはギャンブルをさせちゃいけない人間で、モユにギャンブルをさせ続けると客がこなくなってしまう。それを、やんわりと、納得いくように、説明するにはどうしたらいいのだろうか。
「モユ様、ローレル様。賭け事というのは、あくまで娯楽。熱を上げると、勝っていても負けていても、金銭の価値観を狂わせることになります。将来、政を担う御二方は、金銭の価値というものを正しく理解していなければならない、そういった判断で賭け事をお止めした次第であります」
落ち着いて、フォローしてくれたロレンツォには頼もしさしかない。朝、しくしく泣いていたのが嘘みたいだ。というか、ローレルのことも様づけなんだ、やはり実の娘であっても、養子に出した以上、目上として扱っているのだろう。
「そうだったんだ。ごめんね、レイン君。君がボクのことを、そんなに大切に思ってくれていたなんて」
「な!? 違うぞ! お兄様は私のことを思ってだ! お前なんかついでだ、ついで!」
「そんな……本当なのかい?」
うるうる、とした目を向けられる。こんな可愛い子にそんなことされると、罪悪感とか庇護欲とかで、勝手に口が動く。
「い、いやいや、モユのことは大切に思ってるよ」
「だってさ、ローレルさん」
「お兄様! 私こいつ嫌い!!」
奇遇だね! お兄ちゃんもこいつ嫌い!!
「あはは。照れ臭くて変に冗談に逃げちゃったけどさ、で、でもさ、そう言ってくれて、本当はそう思ってくれてなくても、その、さ、本気で嬉しかったり、する、ね」
言っていることの恥ずかしさに気付いてか、徐々に頬を赤らめ、言葉が途切れ途切れになったモユ。こそぐったそうに、それでいて、本心から嬉しそうにはにかむモユ。そんな姿は流石に嘘ではないとわかって、可愛いと思ってしまって、胸がきゅうとして。
ごめん、お兄ちゃん、こいつ好きかも。
「うう……やっぱり嫌いだ」
ローレルがぐすっと涙を浮かべる。こっちはこっちで可愛い。
「ローレルも可愛いよ」
「本当か?」
「うん」
「じゃあ甘えていい?」
「いいよ」
「わかった! じ〜」
おい、唇見てくんな。キスはしないぞ。
とは言えないので、話を変えて誤魔化すことにする。それにロレンツォが、さっきから何見せられてるんだ、って顔もしてるし。
「モユはうちにくる事情を聞いてるけど、そう言えばローレルは何しにうちに来たんだ? 観光? 休暇?」
ローレルは少しむすっとしたけど、答えてくれた。
「来月、私の誕生日があるのは知ってるな?」
知らんかた。けど、もちろん、と答えた。
「それでどうやら誕生日会というものを開くらしいんだ。そこにお兄様も招待すると聞いたから、休みをもらって私が直接お兄様を誘いにきたわけなのだ」
「それって行かなくていいの?」
「どうしてそんなことを言うんだ!」
怒られた。いや、まあ、ストーリーが終わるまでローレルと接点をあまり持ちたくないし、シンプルにめんどい。
「レイン君は行かないわけにはいかないんじゃない?」
モユにそんなことを言われる。
「それって、どうして?」
「大規模な誕生日会で各国の王侯貴族が招かれてるんだよ。ボク宛にも招待状が来てたくらいだからさ、そんな場に国を代表する王子様がいないのはまずいんじゃないかなぁ」
はあ。何で知らなかったかは、来月のことだし、サプライズのためにカレンが隠していたとかそんなんだろう。
う〜ん、行かないというわけにはいかないのだろうけど。
「モユも行くの?」
「勿論だよ」
「ねえ、やっぱそれ、行かなくちゃダメ?」
「どうしてそんなこと言うんだい!」
「いやごめん」
気が重いなあ。ローレル、モユの問題だけでなく、元首候補とかのいざこざなどの立ち振る舞いとかも考えないといけないし……まあでも仕方ない、行くしかないか。
「わかったよ、いくよ」
そう言うとローレルはパッと笑顔になった。
「ありがとう、お兄様!」
「うん、まあ、可愛い妹の晴れ舞台だしね」
よし。行くと決めたのだから、失礼のないようにだったり、と対応するのに誰がくるのかを把握しておきたいな。
「ローレル、誕生日会には誰が来るとか聞いてる?」
「全員は覚えていないが、デインヒルのシリル姫はいらっしゃるとか」
……シリルが来る?
だとしたら、行かないわけにはいかない! 恩を売るのに、接点を持つチャンスだ!
「本当!? 誕生日会の場所は!? 日時は!? いつどこ……」
モユとローレルに凍りつくような目を向けられて、言葉が途切れた。
ロレンツォを見ると、首を振られる。
「お兄様? さっきとえらい違いなのは気のせいか?」
「ボクの時は、そんな反応かけらも見せなかったよね、レイン君?」
テーブルに運ばれてきた料理が立てる湯気は、こころなしか濃かった。
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