第27話
あの後、バスティンと柄の悪い男たちの蓑虫を、侯爵邸にドナドナドーナ。モユの説得に加え、蓑虫を見て安全を確信したバスティンに脅されていたという他の家臣が現れ、侯爵は騙されていたことを知った。
そして、ぺこぺこと平謝りをされる中、
「謝罪は受け取っておきます。それより、大丈夫なのですか?」
「大丈夫……ではないですね」
「とにかく整理する時間が必要でしょう。明日、また伺います」
という会話があり、翌日のこと。俺とロレンツォは再び、侯爵邸を尋ねた。
「度々、足を運ばせてしまって申し訳ございません」
「いえ、それはいいのです、ことがことですから。それより、昨日はあれからどうなったのですか?」
尋ねると、酷く疲れた顔で侯爵が話し始めた。
「バスティンとその部下は、牢に入れております。沙汰はのちに下しますが、重いものになるでしょう。バスティンは金の取引以外にも不正をしていたようで、部下らに金を横流しして後ろ暗い稼業を営んでいたようでして。それに、我々に情報がいかないよう、部下を使って家臣を脅していたようですし」
叩けばホコリが出てきたんだな。侯爵に情報がいかなかった理由はそれだろうし、後ろ暗い稼業と言っていたから、ゲームでのクスリ、人身売買もその辺が理由だろう。
まあでも、そうだとすると、その辺の問題は、捕らえられたことで解決。残る問題は、家令がいなくなったことによる問題だ。
「侯爵家の政務については問題ございませんか?」
「ない、わけではありませんが、家臣が何とか。ただやはり、バスティンの抜けた穴は大きく、それに失業者や領民の不満への対応となると、どうしても」
「あては?」
「新たな家令、侯爵家の政務を担う人間は、国や貴族の知人に掛け合ってみるつもりでいます。が、すぐに決まるものでもありませんので、しばらくは私どもだけで何とかするしかありませんね」
「そうですか。ちなみに、うちからの出資を受けるつもりはありますか?」
「よ、よろしいので?」
目を見開いている。そりゃそうか。一度断り、ここまで迷惑をかけて、してもらえるとは思いもしないだろう。というか、助けてもらえると思ってるようじゃ、人として、本当にダメだと思う。
「ええ、もちろんです。むしろ、ここまでして、何の成果もなしに帰る方が私どもにとってはよくないので」
「そ、そういうことであれば、是非お願いいたします」
ぺこぺこと頭を下げられる。恩を感じてくれているだろう、これでモユも恩を感じてくれればいいのだけど。
「出資の件が決まったのならば、少しの間、私が侯爵家に残りましょうか?」
ん? ロレンツォ、何を言っているんだ?
「どうしたのですか、レイン様。今後、町の開発をする上で、侯爵家が正常に回っていなくてはまずいでしょう。政務を助け、それに開発に関わる下準備を整える面でも、経験のある私が残って働く方がよくはないですか?」
ロレンツォならできるだろうし、侯爵を見ても他国の人間が政務に携わることに抵抗を示している様子もない。だから、それはそうなんだけど……。
「俺の護衛は?」
「え? いります?」
いやまあ、別に要りはしないんだけど、そう言われると何だかなあ。
砦でも、人質の件でも、ロレンツォは俺の強さを知っているから、護衛の必要性のなさに馬鹿馬鹿しさを感じていてもおかしくはない、でも。
「一応、一国の王子で公爵なんだけど、一人で帰るのはおかしくないか? いや、まあ、それを言えば、二人も変わらないんだけど」
そう言うと、侯爵が、ならば、と続けた。
「ロレンツォ様が残ってくださるのなら、レイン様の護衛は我々が用意しましょう」
おい、その護衛、本当に信用できるんだろうな。
とは思うが、言えるはずがない。
まあ数人に襲われたとて、大丈夫だろう。その時はその時だ。
「わかりました、お願いいたします」
「ええ、では早速手配いたします。レイン様はいつ頃お帰りになられますか?」
「急ぐ理由もないので、ゆっくりと護衛を手配してください。集まり次第帰ることにします」
「そうですか、では館の客室にご案内いたします。お帰りになるまでどうぞごゆっくり」
そう言われて、俺は客室に案内された。ロレンツォと侯爵は早速仕事にかかるとのことで、一人暇になる。
ふぅ、色々とあったけれど、これで一件落着かな。
なんて思った時、扉が叩かれた軽い音が鳴った。返事をすると、扉が開いて女の子が入ってくる。ミルクティー色の長い髪がよく似合う、お淑やかそうな女の子だ。
「こんにちは。レイン様ですよね?」
見た目も声も可愛い。どきり、としてしまう。
「そ、そうですけど?」
「私、モジュー家の次女、ランと申します」
ランちゃん、モユの妹ということは、ゲームで売られ俺に薬漬けにされる女の子。
「あの、レイン様はお姉ちゃんも助けてくれて、モジュー家も助けてくれたんですよね?」
「え、ああ、そ、そうなるかも」
パッと顔を輝かせたランちゃんは、ぺこりと頭をさげた。
「ありがとうございます!」
「いや、たいしたことしてないよ」
「そんな!? レイン様がいなかったらと思うと私は怖くて仕方ないですよ!」
え、ええ〜、そうかなあ。なんてデレデレしちゃいそうになるくらい可愛い。
「それで、そ、その、レイン様は、好きな人とかいますか?」
顔を赤くしてそんなことを言うランちゃん。え、もしかして、これって。
「い、いやいないけど」
「そうですか! よかった!」
これ、もしかして、もしかするのでは!?
「好きな人がいないことを喜ぶって、それってそのランちゃんが……」
「ち、ちがいますよ! 知り合いが! 知り合いが、です!」
おいおいおい、このパターンで知り合いなわけないだろぉ。可愛いがすぎるぞ、ランちゃん。
「そのぅ、レイン様はどういう女の子がタイプですか?」
「フッ、俺のことが好きな女の子、かな?」
「よかったぁ。これで、お姉ちゃんも喜ぶ」
「……は? お姉ちゃん?」
「え、ああ、違います! 違います!」
何だぁ、違うのか。なんて思えるはずがない。
このパターンで本人じゃないなんてあるのかよ……泣きそう。
というか、モユが俺のことを好き? いやまあ、助けたのだから、その可能性は大いにありうる。だとしたら、近づこうとされるので、非常にまずい。
ローレル同様、恩を売った後関わるのはよくない。ストーリーに関係ないとこで生きようとしているのに、それが難しくなるからだ。加えて、どうせ主人公に取られるのに、恋愛的に好かれるのは色々とやだ!
「あぁ、さっき言った俺のことが好きな女の子って言ったたのは嘘」
「ええ!? 急に!? じゃあどんな人がタイプなんですか!?」
「ええと、何かめっちゃ偉い人」
「凄いテキトーで俗物的になった……」
「こほん、ラン様。それでは帰宅するので、また会える日を楽しみにしています」
「ええ!? また急に!?」
兎にも角にも、戦線離脱。戦略的撤退。後ろに進軍。
部屋から出て俺は、ロレンツォと侯爵の下を訪れて言った。
「今すぐ帰ります! 早急に護衛を手配してください!」
「ええ……。急ぐ理由もないって言ってたのに」
こうして、モジュー家への遠征は終わりを迎えた。
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