第26話

「どうやらこれ以上、敵はこないようですね」


 ロレンツォが5人のして、手をぱんぱんと叩いた。


 バスティン含む4人を倒してから、ここに8人帰ってきた。どいつもこいつも悪そうなやつで、恐らくバスティンはこいつらを使って俺たちを害そうとしていたのだろう。バスティンの見通しの甘さと、ロレンツォってちゃんと強かったんだね、という事実を再確認する結果となった。


「ではレイン様。こいつらを縛り上げて、奥に転がしておきます。家令だけは、起き次第事情聴取したいので、残しておきますね」


「そう、頼むよ」


 丁寧に酷いことを言うので、ちょっと引く。けどまあ、何も言わずに頼むことにした。


 それから、半刻後。部屋の隅で寝かしていたモユが、むくり、と起き上がった。


「あ、起きたか」


 モユはきょろきょろと辺りを見回す。縄で縛られているバスティンを見てか、ひっ、と短い悲鳴をあげ、顔を青くした。だけど、縛り上げられていて、安全なことを理解したのか、すぐに顔色は戻った。


「ど、どうして?」


 何だか泣きそうな顔を向けてきた。目覚めを待っていたことを疑問に思ったのだろうか。


「どうしてって、そりゃ、君に証言してもらわないといけないから。ちゃんと、バスティンが悪い、って言ってくれよ」


「ち、ちがうよ。どうしてボクを助けてくれたの?」


「助けないわけにはいかないじゃないの」


「ボクは君に酷いことを言ったんだよ、なのに、身代わりになるような真似までして……」


 モユの声が震えている。それに、目にはじわじわと涙が溢れてきている。


 何か泣かせているみたいで、バツが悪いんだけど。


「助けたかったから助けた。君が気にすることは何もない」


 事実だ。ほかに色々と理由はあるけど、結局はそれに帰結する。


「う、うっ、ごめん。ごめんなさい」


 わっ、モユが嗚咽混じりに泣き出した。どうしたらいいのだろう、こんな経験ないからわからない。


 とにかくあやしてみる、か?


「泣かないで」


 近づいて、よしよし、と頭を撫でると、胸に顔を埋めてきた。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「いいよ、全然気にしてないから」


 いや、そんなことはないかも。つい数時間前まで、まあまあ腹を立てていた気が……。でもこの状況で、そんなことは流石に言えない。


「私、怖いよ。バスティンをずっと信じてきたのに……。貴方は悪い人なんかじゃなかったのに、悪だと決めつけて……」


 しばらく謝っていたモユは、震える声でそう言った。


 そりゃまあ信じていた人に裏切られ、悪だと信じていた俺に助けられたのだから、何を信じて生きればいいかわからず、恐怖を感じているだろう。


 でもそれは大丈夫だろう。ゲームではこれから、商業組合の長にまでなるんだ。騙し合いが日常茶飯事の商人の世界で成功するのだから、きっと何を信じていいかどうかはわかるようになる。


「大丈夫だよ」


「ひぐっ、ど、どうして、そう言ってくれるの?」


 ゲームでは出来るようになるから。なんて、言えるはずがない。それっぽいことを言うか。


「涙で洗われたその綺麗な瞳には、汚いものがはっきると映るようになる。だからきっと大丈夫だよ、嘘も本当も扱える、したたかな人間になるさ」


 そう言うと、モユはまた泣き始めた。


「ぐすっ……ボク、そうなるよ」


「うん、がんばって。じゃあ、行こうか」


「……」


 あれ、返事がない。てか、腰に手を回されたんだけど。


「よし、それじゃあ、侯爵の下へいこう」


「ボク、頑張るね」


「え? ああうん、頑張って。じゃあそろそろ……」


「きっとボクはそんな人間になる」


「いや、聞きましたけど」


「嘘も本当も扱えるようになる」


 胸に顔をぐりぐり押し付けてくんだけど……っておい、もしやわざと引き伸ばしてるのか!? 早速、したたかなことしなくていい!


 仕方ない、腕を外すか、って固!? 何この力!?


「ねえ、離してくれない?」


「もうちょっと」


 それから、長いもうちょっとのあと、ようやくモユは離れた。

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