第25話


「……隠す必要がなくなったからですよ」


「隠す必要?」


「領民に暴動を起こさせるには、愚かなる侯爵が外に助けを求めないようにしなければならなかった。だからこそ、現状の危うさを気づかせるわけにはいかず、隠す必要があったのです」


 はあ。それはまあ、わかってるんだけど。聞きたいのは、どしてそないなことしよと思たん? ってことなんだけど。


「ですが、その必要も最早ない。他国の王子と将軍がここで死ねば、責任問題で侯爵家は潰れる。当主は間違いなく死刑だ」


 くくく、と笑うバスティンを見て思う。


 だから、どしてそないなことしよと思たんよ。それにそんなこと言えば、逃げられちゃうよ?


「レイン様、いかがなさいますか? 今なら余裕を持って制圧できますが?」


 ロレンツォが男たちに目をやり、こそっと耳打ちしてきた。


 柄の悪い男ら。恐らく、バスティンの部下は、ロレンツォなら簡単に制圧できるだろう。だけど……。


「モユは助けられる?」


「難しいかと」


 まあそりゃそうだよな。腕を引き抜くだけで、ナイフで首が切れて出血死だ。


「じゃあやめとこう。モユが死んだら、何て説明すればいいかわからないし」


「ありのままを説明すればいいではないですか。こっちも命がかかっている状況。どうこう言ってられる状況ではないです」


 その通りではある。それに侯爵に信用されなくとも、事実であるのだから、いくらでも言いようがあるので、助けなくとも何とかなるかもしれない。


「何を話している! 妙な動きをするな!」


 はあ、とため息をつきたい。


「交渉をしましょう。何が目的で侯爵に仇なすのですか? ある程度の要求なら飲めますが?」


「お前に出来ることは死ぬことだけだ。私は、あの愚かな侯爵に復讐せねばならない」


「何故?」


「あの男は、私の女を奪ったのだ!」


「女? 侯爵夫人ですか?」


 バスティンは頷いた。


「幼き頃、一目みたあの日から、ずっと私は好きだった。なのに、あの男に奪われた!」 


「婚約が破棄されたということですか?」


「違う!」


「恋人関係にあったということですか?」


「そうではない!」


「はあ? では、あなたの女ではないのでは?」


「違う! 私がこれほどまで愛しているのだから、あの方も私ことを愛している! だから私の女だ! ああ、あの方を早く侯爵から解放して差し上げなければならない。そして愛してさしあげなければ」


 モユの母がゲームで倒れた理由が分かった気がする。バスティンの行動に責任に近いものを感じて、負担がかかったのかもしれない。


 でもそうか、そんなくだらない理由だったか。はあ。


 いくら未来に殺しにくる可能性があるとしても、流石におっさんのヤンデレよりは、美少女の笑顔だわな。


「交渉しましょう。人質を解放してください、その代わり、俺が人質になります」


「何?」


「あなたには、俺たちを殺す手立てがあるのでしょう。ですが、今できますか? できなければ、ロレンツォが貴方方を制圧し、貴方の企みは水泡に帰すでしょう」


「そんなことをしようとすれば、このガキを殺す!」


「脅しても無駄です。その子に人質としての価値があるとお思いですか?」


「ある! お前が交渉しようとするのが、その証拠だ!」


 まあそうなんだけど、そうとは言うまい。


「いいえ、ありません。心が痛むので助けようとするだけのこと。ある、とおっしゃるのならば、その子が亡くなれば、我々にどのような被害があるというのか、ご説明願います」


「そ、それは……」


「その子を助けたいという、私の気が変わらないうちにお答えくださいね?」


「わ、わかった!」


 了解を得られたので、歩いて行こうとすると、ロレンツォに引き止められた。そしてまた耳打ちされる。


「レイン様が人質になれば、私は身動きがとれなくなります。どうかおやめください」


「大丈夫だよ。心配しないでくれ」


 俺はバスティンの前で止まる。


「ロレンツォ、俺が殺されたら、この場にいる人間を片付けろ」


「ハッ」


 返事が聞けたので、バスティンに向き直る。


「それでは、その子を離してもらおうか」


 バスティンはモユを抱いてない方の腕を俺の首に回した。そして、要求通りに、というよりは、二人を抱えることが難しくてだろう、モユをはなした。


 よし、いいだろう。


 俺はバスティンの手首を思いっきり握った。


 バキリ、と鳴り、悲鳴が上がる。


「ぐああああ!」


 多分、骨までいってるだろう。これが高レベルの身体能力、本当のレベル差の暴力だ。


「ロレンツォ!」


 と言う前に、既に男たちを制圧していた。ほんと優秀なこって。


 俺も腕を押さえて悶えるバスティンの顎を蹴り付けて、気を失わさせた。


「何とかなりましたね」


「そうだな」


 あとはモユだけど、と見ると、安堵したのかモユも気を失っていた。

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