第49話
授業の締め。ダンスを終えて礼をすると、ホールに集まった貴族の子女たちから歓声が上がった。
「流石でございます、レイン様! 見事な舞踊でした!」
「はあ、ありがとうございます」
シリルとの人形劇は既に7回。最初の3週も合わせて10週。つまりは、デインヒルに来て2ヶ月半近くは経過しているのだ。毎日、毎日ダンスの練習させられれば、嫌でも上手くなる。
他にも基礎の勉強、剣術なんかはそこそこの練度なんじゃないか、ってくらいに上達している。が、それ以外は何かしたわけではなく、この3つ以外、デインヒルで過ごした成果は全くない。
他にやることないから良いんだけど……あれ? 何か忘れていないか?
霞がかったような感覚で気持ちが悪い。だけど、今は気にしていられない。今日はまたシリルと人形劇の日で、王子様扱いする正念場だ。ここでの成否が運命を決めると言っても過言ではないので、他のことを気に掛けている場合ではない。
「それでは皆様、これにて授業を終わります」
先生の号令がかかると、皆がざわざわと出口へ歩いていく。俺もその群れに加わって教室から出た。
この後は、授業も何もない自由時間。プランを確認するために、部屋に篭ろうと帰路を辿っていると、シリルの後ろ姿が見えた。
気が引けて、自然と歩みが遅くなる。それは、これから王子様扱いすることに起因するのだろうけれど、それならば、良い加減、振りきらないと。
やるのは変わらないのだ。シリルが女の子したい、と思っていても、それを叶えていては破滅する。今、女の子できなくとも、シリルにはハッピーエンドが待っている。対して俺は、何もしなければバッドエンドが待っている。
迷う必要もない、か。
気持ちの整理ができて、歩く速さが元に戻った時だった。
「お、シリル」
そうシリルに声をかけたのは、曲がり角から現れた王だった。二人とも足を止めて向かい合ったので、なぜか俺まで足を止めてしまう。
「お父様、何か御用でしょうか?」
「いや、出会えたから声をかけただけだよ」
「そうでしたか。申し訳ございません、実は急いでおり、失礼させていただきます」
少しぎこちなくそう言ったシリルは、頭を下げて、王の隣を通って行った。
気まずい場面に出くわしたなあ。
シリルの態度からして、前言っていた苦手というのは本当らしい。まあでも、雰囲気的には、うちみたいに、冷え切ってなさそうだけど。
なんて考えていたら、王様と目があった。
何をやりとすればいいかわからないけれど、逃げるのも変なので歩いていく。
「いやあ、恥ずかしいところを見せちゃったね」
向かい合うと、王様は苦笑いしながらそう言ってきた。
「ああ、いえ」
何て答えて良いかわからずそう言うと、王様は笑った。
「いや、子に避けられてるんだから、恥ずかしいことだよ。悲しいことでもあるし」
「そういうものですか」
「そういうものだよ。それにこれから非情な決断をしないといけないと思うと、本当に気が重いよ、全く」
王様はため息を一つつくと、また笑った。
「変なことを聞かせちゃったね、あ、そうだ。レイン君、もうデインヒルの暮らしには慣れたかな?」
「ええ、もう2ヶ月と半分近く過ごしているので」
「そりゃそうか、もうすぐクウエストに戻るころだものね。何かデインヒルでいいものとか、経験とか、思い出とかあった……」
「陛下!!」
刺々しい声が飛んできて見れば、剣を携えた兵士が3人ほど駆け寄ってきていた。
兵士らはすぐ近くまでくると、王様を嗜めるような口調で言う。
「陛下! いくら城内とはいえ、お一人で歩くのは危険です!」
「ごめん、ごめん。それじゃあ、レイン君、また」
半ば、連れられる形で去っていく王様に、俺は戸惑いながら「ええ、また」と返した。
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