第48話
「本当にしなきゃダメ?」
「ダメ」
毅然としたシリルにため息をつきそうになる。
予想通り、ではあるものの、したらまずい気がしてしたくはない。
でも、髪をとくだけで、女役を譲ってもらえるのならば、迷う必要もないか。
「わかったよ」
立ち上がろうとすると、掌を突きつけられる。ストップがかかった俺の代わりに、シリルが立ち上がって、ちょこん、と俺の膝の上に乗ってきた。
太腿にかかる重みは軽い。伝わる感触は柔らかくて心地いい。
至近距離でみるシリルの顔はやっぱり綺麗で、顔に熱が上ってくる。が、俺よりもシリルの方が早く、大量に熱が上ってくるようで、すぐに顔が真っ赤になった。
頭から湯気を出すシリルは、パッと離れたが、恐る恐る、今度は俺の胸に背を預けるように膝の上に座った。
「あの……」
「い、いいから! その、うう……髪、お願いしましゅ」
しゅぼん、と音を立てて、俯くシリル。
このまま髪を触るのに抵抗はあるが、他にどうしようもないし、どうしていいかもわからない。
それなりに動揺してることを自覚しながら、恐る恐る髪に触れる。
「んっ」
こそぐったそうに身をよじったので、手を引っ込める。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫だから」
「そう?」
戸惑いながら髪に指を入れた。甘い香りが弾け、指の間を水みたいにするすると髪が通り抜けていく。指を滑らせていくと、柔らかく心地のいい感触が走ってくすぐったく、気持ちがそわついた。髪から指が抜け切ると、大きな吐息が出て、息を止めていたことに気がついた。
はあああ。なぜか、すっごい疲れた。
「終わったよ」
ずっと座り続けているシリルにそう言うと、ふるふる、と首を振られる。
どうやら、まだダメらしい。
再び髪に手櫛する。上から下にゆっくりと下ろすの繰り返し。時折、シリルが頭を梳いて欲しいところに動かすので、そこを撫でるようにする。うなじに手が触れると身を縮めた。触れないよう気をつけながら、また同じことを繰り返す。
最初のうちは、砂糖を焦したみたいな甘ったるくそわついた空気が流れていたが、少しすると、違った空気が流れ出した。音のない振り子時計がゆっくり揺れているような、ゆったりと落ち着いた空気。シリルから伝わる熱も、火のような激しいものから、木漏れ日のような柔らかな温かさに変わっていた。
「えへへ」
「急に笑わないでくれよ、怖いなあ」
急に笑ったシリルにそう言うと、仕方ないじゃない、と答えた。
「幸せなんだもん」
シリルは言葉通り、本当に幸せそうに続ける。
「大好きな人形遊びをして、男の子に髪を梳いてもらって、それが気持ち良くて、
恥ずかしくて、たまらなく嬉しくて」
顔は見れないけれど、笑ったのがわかった。
「やっぱり私、女の子してるのが好きなんだなぁ」
シリルは手を伸ばして人形を手に取り、抱えた。そして二体の人形の頭を慈しむような優しい手つきで撫で始める。
胸が痛む。シリルに女の子をさせてあげたい。そう思うからこそ胸が痛む。
俺はこれからシリルを王子様扱いしなければならないのだ。
それを変えては破滅の未来が待っているから変えられない。シリルは主人公に願いを叶えてもらえるのだから気にする必要はない。
だから、計画は変えない。
けれど、ただ、それでも、胸が痛んだ。
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