第47話


 一週間が経過して、3回目。


「君の瞳に僕しか映らないようにしてあげるよ!」


「嬉しい!! でも、日常生活で困っちゃうよぉ〜」


「僕が君の目になろう、その代わりに君が僕の目になってくれるかい?」


「わかった!!」


「結婚しよう」


「はい!! 喜んで!!」


 人形劇終了。


「今日も良かった!!」


「ソウデスネ……」


「まだ時間あるし、お話しようよ。私、今日、授業でちゃんと発表できたんだ、偉いよね?」


 前屈みになって頭を差し出してきたシリルは無視して雑談に興じた。


 ***


 一週間が経過して、4回目。


「俺以外の男と話なんかすんなよ」


「えっ、どうして?」


「そんなの、お前が世界一可愛いから、喋ったら世の男はみんな惚れちまうだろ!」


「ええっ、そ、そう言われても、難しいよぉ」


「うっ、俺だって無理言ってるってわかってるよ。うう、だったら! それが無理なら! 俺ともっと話してくれ!」


「どうして?」


「他の男に話しかけたくないくらい、お前を楽しませるから! そんで他の誰より惚れてやるから!」


「わかった!」


「結婚しよう」


「はい!! 喜んで!!」


 人形劇終了。


「今日も良かったぁ」


「ソウデスネ……」


「まだ時間あるよね? お話ししようよ。今日は凄くいいシャンプー使ったんだぁ。髪が凄く柔らかくなってね? ふわふわのするするでね? 手を入れたらいい香りが弾けるんだぁ」


 前屈みになって頭を差し出してきたシリルは無視して雑談に興じた。


 ***


 一週間が経過して、5回目。


「私好きなものがあるの♪」


「僕も好きなものがあるよ♪」


「私は〜♪ りんごパイが好き〜♪」


「僕は〜♪ りんごパイが好き〜♪」


「「え、お揃い!?」」


「私たち〜何だか〜気が合うみたい〜♪」


「そうだね〜♪ もしかしたら他にも好きなものが一緒かも♪」


「多分〜好きなものは全部同じ〜♪」


「でも〜♪ 一つだけ違うものがあるよ〜♪」


「ええっ〜!?♪ それってなあに〜♪」


「世界で一番好きな人〜♪ せーのでこたえ〜よ〜お〜♪ せ〜の〜♪」


「君」


「あなた」


「ね、ちがうでしょ〜お〜♪」


「ほ〜んと〜だ〜♪ で〜も〜次の言葉はおなじだ〜〜よ〜〜♪」


「「結婚しよう」」


「「はいよろこんで!!」」


 人形劇終了。


「今日も良かったぁ」


「今日は本当に言ってる?」


「言ってるけど? ね、それより、お話ししよう。猫になってみたいから、やってみるね。ねこだよぉ〜、撫でて♡ 撫でて♡ にゃあにゃあ」


 前屈みになって頭を差し出してきたシリルは無視して雑談に興じた。


 ***


 6回目も同じ展開が続き、本日、迎えた7回目。


「シリルさんや、今日は趣向を変えてみませんか?」


「趣向?」


「そう、演じる役を変えよう。具体的には、男女を変えてみよう」


 今日分の劇が終わると、残りは王子様シチュエーションの劇。つまりは女役を譲ってもらうタイミングだった。


「ええ……まあ、それはいいけれど。女の子役、ちゃんと出来る?」


 シリルが不安そうな目を向けてきたので、俺はそれに胸を叩いて答える。


「任せてくれ!!!!」


 つい声が大きくなり、気合が入っているのを自覚する。それもそのはず。女役を失敗すれば、次に女役を貰いづらくなるのだ。


「ええ……いつにない、気合の入り方だね。そんなに女役がしたかったの?」


「ああ!!!!」


「そ、そうなんだ。まあいいや、やろうよ」


「ちょっと待ってくれ」


 あ、あ、あー。と声を出す。低い音から高い音へ調整する。頭上を抜けていくような女の子声が安定すると、俺はしーちゃん人形を手に取り、台本を開いて二人の真ん中に置いた。


「よし、やろう」


「……ええ。ま、まあいいか、うん。やる気なのは嬉しいし」


 シリルがレー君人形を手に取ったので、俺はセリフを読むことにする。


「あの、あのなんだけど……」


 まずは一目惚れしたヒロインが、男の子に声をかけるシーン。ここは、声に緊張感と高揚感が伝わるような台詞を吐いた。


「その、変だと思うんだけど、一目見たときから、ずっと気になってて!」


 気持ちを伝えるシーン。伝える意思は強く、それでも僅かな照れを感じさせるような口調で台詞を吐いた。


「あ、あわわ! 私、何言っちゃったんだろう!?」


 次に言ったことの恥ずかしさに気づくシーン。テンパって混乱してしどろもどろな言い方、でもちゃんと可愛いように声の高さを調整して台詞を吐いた。


「は、はい!!」


 なんやかんやで告白されて付き合うことになったラストシーン。食い気味にして、喜び溢れる演技で人形劇をしめた。


 渾身の演技をしたけれど、どうだ? これで、女役が上手いと思ってくれればいいが。


「……レイン君」


「は、はい。どうでしたか?」


 シリルがパッと顔を輝かせた。


「凄い! 凄いよ、レイン君! まさに、理想の女の子だよ!」


 その褒められ方は男児として嬉しくはないが、どうやら上手くいったようで、ほっと息をつく。


「お眼鏡に叶って良かった」


「うん! すっごく可愛かったよ!」


 それはまた微妙な気持ちになる。が、そんなことを考えてはいられない。ここからが、本番だ。


「あのさ、シリル。提案があるんだけど」


「なにかな?」


「女の子役を上手くやれたしさ、これからも女の子役を任せて欲しいのだけど」


「え、またやってくれるの!? こっちから、お願いするね!」


 あっさりと許可してくれたことに内心驚く。


 女の子したいシリルは、てっきり女の子役もしたいのだと思っていた。あ、でも、まあそこにこだわりがなくてもおかしくはないか。おままごとで女の子がパパ役したがったからと言って、女の子してないことにはならないもんな。


 なんて考えていたら、シリルが、あ、と声をあげた。


「やっぱ、なし」


「え、どうして?」


 シリルはわざとらしく、こほんこほん、と咳をした。


「レイン君は女の子役がしたいんだよね?」


「まあ、そうだけど」


「だったら、その、させてあげる代わりの交換条件を出したい」


「さっき、『え、またやってくれるの!? こっちから、お願いするね!』って言ってなかった?」


「それはなしです」


「ええ……」


「とにかく! 交換条件があります!」


 シリルから揺るぎない意思を感じる。


 一体、そこまで意固地になるほど俺につきつけたい要求とは何なんだ、とは思わない。


 どうせ髪撫でて欲しいとかそんなんだろう。


「わかった。交換条件は何?」


「私の髪をとくこと」


 予想通りだった。

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