第30話

遅くなってすみません……

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 防具屋はさすが新都と言っていいほどの巨大店舗。ファンタジー感あふれる典型的な防具屋というよりは、ブティックなんかに近い内装で、広いフロアいっぱいに防具が飾られている。


「さあ、早速選ぼっか」


「はい!」


「うん。ここの店主には顔が利くから、試着もやり放題だよ」


「ええ!? 本当ですか! 色々と助かります!」


「そうだろうね。そのために、この店を選んだんだから」


「モユさん……僕、モユさんのことを勘違いしてました! やっぱりモユさんはいい人です!」


「そんな照れ臭いことは言わないでよ。君に似合う装備、ボクが選んであげるね」


「はい! よろしくお願いします!」


 じゃあ行こっかとモユに手を引かれてアルは行ってしまった。


 何だかものすごい不安を覚えるのは俺だけだろうか。


 そう思ってエルを見た。


「モユ……」


 2人を見るエルの顔は、寂しげであり、悔しげであった。


 何だろう、モユがアルに取られたのが悲しいのかな。


 でも、それにしては何か違うような、もっと暗いような。


「おい、貴様。何をじっと見ている」


「あ、ごめん」


 エルに怒られたので、視線を外す。


 よく考えればエルと2人。


 嫌われている人と2人きりは中々に気まずくて堪えるなあ。


「あーえーと、エルってモユとはどういう関係なんだっけ?」


 無言の気まずさに耐えかねて話を振ると、鋭い視線がきて怯む。


「……私とモユの話は長くなるぞ?」


「あ、じゃあいいです」


 そう言うと、ゲシッと蹴られた。痛い。


「私とモユが出会ったのは5歳のころ。あの日のことはよく覚えている」


 いや長話する気なんかい、とは思ったが、自分でふったことなので黙って聞くことにする。


「私とモユの出会いは、社交界だった。立食パーティーで、挨拶回りをする最中、こんな話が聞こえたんだ。『プラド家のエル様はご立派だというのに、モジュー家のモユ様は同い年でもまだまだ子供ですな』なんて話だ」


「エルが……立派? ただのモユのイエスマンなのに?」


 またゲシっと蹴られた。俺もアルのことを言えないな、と反省する。


「私はどんな子だろう、と興味を抱いた。同世代の貴族の子女なんて知らなかったから、本当に幼いのだろうか、なんてな」


「会ってどうだったの?」


「モユはただの5歳の女の子だったよ。幼いも大人びてもいない。ただの5歳の女の子」


 だから、とエルは続ける。


「私は憤慨した。歳の通りに生きている無垢で可憐な少女を、罵るなんて。貴族とは、大人とはこれほどにまで醜いのか、と」


 ほお。なるほどなぁ、エルが立派だったって言うのはあながち嘘ではないみたい。5歳が同じように言語化できたわけではないだろうが、そう感じるだけの成熟した精神を持ち合わせていたのは事実だろう。


「私はその時に決めたんだ、モユは私が守ってやらないと、とな」


 それから、とエルは続ける。


「私は父に頼んで、ことあるごとにモユと交流させてもらった。遊び、学び、何かあるたび、その都度、守り、導き、手を引いた。するとモユはいつも私の後ろをくっついてくるようになった」


 エルの頬が緩む。


「モユの容姿は誰もがため息を漏らすほど可憐だ。そんな少女にくっつかれて、嬉しくないはずがない」


「はずがなくはないと思うよ」


 また蹴られかけたので、俺は躱した。


 エルにキッと睨み付けられる。


「私は貴様が嫌いだ」


 奇遇だなあ。俺も好きじゃない。


 ま、それはどうでもいいとして、エルがどうして俺が嫌うかは理解できた。


「金鉱山閉鎖で苦境にあったモユを救ったのが、エルじゃなくて俺ってことが気に食わないんだろ」


 エルは悔しそうに唇を噛んでから言った。


「だけじゃない。貴様が歓楽街なんてものを提案したせいでモユは変わった。歓楽街の経営だけでなく、商業組合の長にまでなり、醜く、汚い大人がひしめく世界に身をおくようになった、私が守ろうにも手が届かないところに身を置かざるを得なくなった」


 うーん、ヤンデレ。というよりは、拗らせてんな、こいつ。茶髪の高身長美人なのに勿体ない。


「だから貴様が嫌いだ」


 そう言われもなー、って感じ。罪悪感は一切ない。


 そもそもエルじゃ守れなかったから、原作でのモユは酷い目に合うんだし、モユを思うなら、むしろ感謝されてもいいんだけど。


 そう思って、エルの本質に気づく。が、まあどうでもいい。特別課題さえ終われば、どうせ関わらないだろうし。


「そうですか。ま、公私混同はしないんだろ?」


「ああ。それくらい私も弁えている」


「ならいいさ。好きなだけ俺を嫌うといいさ」


「性格的にも今嫌いになったぞ」


 へえへえ、と告げてまた無言になる。


「レインくん、エル! いいもの見に行こう!」


 モユが帰ってきて、ふぅ、と息をついた。いや、モユに安堵してる時点で、どんだけ苦しかったのか、という話だ。


「行こうよ、レインくん!」


「あ、うん」


 モユの招きに応じて歩く。たどり着いたのは試着室の前だった。


「アルくん、開けるよ〜」


「や、やめてください! 僕の制服返してください!」


 そんなアルを無視して、モユはカーテンを開いた。


「うぅ……」


 真っ赤な顔のアルが着ていたのは、踊り子の服。


 小柄なアルは可愛い女の子にしか見えないのに、めちゃくちゃエロい。


 華奢な肩も、くびれた腰も、手を滑らせたくなる生足も露わになっている。胸と股は隠されているけれど、下着の上に透け感のあるレースのひらひらが扇情的で、決して、豊満とは言えないささやかな女の子部分が煽るように隠されている様は、どうしようもないほど艶かしい。


「アルくん、男の子なのにすっごく可愛いねえ」


 にやにや、のモユに、アルは「うぅ……」と余計に顔を赤くした。可愛らしいので、俺もいじってみる。


「アル、似合ってるよ。可愛いから、それにしよう」


「う、嬉しくないです! 絶対、嫌です!」


「うん、満足したし、別の装備とってくるから、アルくん着替える準備しといてね」


「モユ、俺も選んでいい?」


「もちろん、いいよ」


「よくないです!」


「大丈夫。まともなの取ってくるから」


「本当にまともなの取ってきてくださいね!?」


 アルの言葉を遮るように、俺はカーテンを閉めた。

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