第68話
最初に入った服屋。仕立てられた服が、中央の長テーブルに畳んで飾られ、壁に沿った棚にも沢山の服が重ねてある。通路は細く、手狭な店ではあるが、その分、品揃えはたしかみたいだ。
「どう? いい感じだよね?」
フランに、うん、いいところだ、と答えて抱えていた疑問を尋ねる。
「で、どうして店に入ってまでフードを被ってるの?」
宿からずっとフードを被っていたフランにそう尋ねた。
すると、フランではなく、アルが慌て出す。
「えと、それは、あの……フラン、言ってもいい?」
「ダメに決まってるじゃん」
だ、だよね、でも、と戸惑うアルとそれを見て笑うフラン。
別に話してもいいのに、って感じではなさそう。だったら、顔がいいから変に絡まれることを避けて、だとか、日の光に弱いからだとかではないか。
多分、フランは高貴な出なんだろう、それも人の目についてはならないくらいに。だとすれば庶民二人と仲がいいのは疑問であるが、その関係が幼なじみだというなら、まあ不思議でもないか。いやだったら、高貴な身分と幼なじみの二人とは一体なんなんだ。
ともかく。
ネコルが治安が悪いと言ったにも関わらず、気にする素振りなく一人で出歩きできる高貴な人。武力に自信がある、フランという名の少女。彼女が誰かは大方予想がついた。
予想通りの人間ならば、俺はきっと、彼女に何かするために宿屋に送られたのだろう。
偶然、偶々、泊まった宿屋にレガリオの王女が来訪したとは考えづらい。
まあ、流れに身を任せると決めたんだ。それに、俺としては気付いていないことにした方が楽なので、気付いていないことにする。
「まあまあ、私がフードを被ろうがどうでもいいでしょう。それより……」
ネコルが、それより? と首を傾げると、フランは爽やかな笑みを浮かべた。
「誰が一番、ラーイに似合う服を持ってこれるか、選手権! いえい!」
なんだそれ、と思ったのは俺一人。ネコルは、いえーい、と言って、アルは、ため息を吐いた。
「最下位は、腕立て50回ね♡」
フランはドキッとしそうなくらい可愛く言ったが、そうはならなかった。企画も罰ゲームも非常に男臭いし、何と言うかサッパリ感というか性を感じない爽やかさがある。
「じゃあスタート! あ、当然、ラーイも参加だからね!」
「俺もやるの?」
「当然! まあ? 私のセンスに敵わないと思うなら? 棄権しても? いいけど?」
「いや、しないよ」
「おっ、いい度胸だねえ。じゃあ私のセンスの前にひれ伏せさせてやりますか」
そう言って、フランが服を探しにいくと、ネコルが続いた。そして遅れてアルが一謝りして探しに行った。
***
隣に座ったフランが口を開く。
「腕いた〜い。けど、おいしーい」
盛ったコメの上に肉がどかどか乗った、男が好きそうな料理を、嬉しそうに食べるフラン。
派手なだけの服を持ってきたフランが全会一致で最下位に決まり、フランが選んだ服以外を買い、宿に送ってもらうことにして店を出た。
その後、腕立て伏せをしたフランが『罰ゲームをしたんだから、昼食は選ばせて〜』と言って、物珍しい料理があるこの店に入った。
店は新しく、異国情緒がある内装。今いる個室は畳というものが敷かれていて、窓に備え付けられたガラスの鈴。吹き込んだささやかな風と鳴る涼しい音色に和む。
「本当、美味しいね。うちの宿で出したら、人気になるかなあ?」
机を挟んで正面に座るアルがそう言った。
「いやあ、アルの出す料理も美味しいから、経営が下手なだけじゃない?」
「そうだね、アル君の経営が下手なだけだよ!」
「気にしてることをあっさりと言うね……」
「うん、アルの経営が下手なだけだよ、多分」
「ラーイさんは知らないよね!?」
冗談を言うと、二人が笑い、アルもおくれて楽しそうに笑った。
まだ会って数時間ではあるが、打ち解けた気がする。思えば、同世代の親しい人なんて一人もいなかった。いや、同世代だけではないか、親族ですらも……。
黒いもやつきが胸中に生まれる。だが、ミレニアの皆や関わってきた一部の人の顔が思い浮かび、それは霧散した。
「よ〜し、そろそろジャンケンしよう」
丼を食べ終わり、食後のデザートを待つ時間。ふいにフランはそう言った。
「ジャンケン?」
「うん? ラーイはジャンケン知らない?」
「いや知ってるけど、どうしてそろそろ?」
「そりゃ、ジャン勝ちの人がおごりだからね」
「ええ!? 聞いてないよ! しかも負けじゃなくて勝ち!?」
そう言ったアルに、フランは笑って答える。
「奢りたいんだから勝った人に決まってるじゃん。あ〜お小遣いもう少ないけど、奢りたいなぁ〜」
普通なら、うざい、ってなるんだろうけど、フランの言い方や笑顔に毒気を抜かれて、むしろ楽しそうと思ってしまう。
「アル、ネコル、お財布状況は大丈夫?」
「ラーイさん……そりゃまあ、お小遣い的には痛いくらいなので、大丈夫ですけど」
「ネコル、やりたい! 四分の三でタダ! やりたい! あーネコル奢りたい気分だー」
「うう……わかったよ! 僕も奢りたいです!」
皆が乗り気になったので、フランは満足に頷いた。
「よし、じゃあやるよ、ジャンケンポン」
結果は一回でついた、フランの一人勝ち。
「あああああ!? じゃなくて! やったぁ! や、やったぁー……う、うれしーなー」
哀しそうに嬉しがるフランに笑えてきた時、
「お待たせいたしました、かき氷でございます」
細かく砕かれた氷の上に蜂蜜がかかったデザートが運ばれてきた。
店員が去ると、俺はフランに尋ねる。
「知らずに頼んだけど、氷のデザートだったんだ。レガリオでは安価で氷をだせるの?」
「うん。まあ、今は出せるところは少ないけど、これからきっとありふれたものになるよ」
フランは、明るい未来を見るような、遠い目で続ける。
「連邦ができて、これから軍縮が進む。軍人だった魔法使いのみんなが、戦いではなくて、この氷魔法を利用したかき氷みたいに、食事、工業、商業なんかに参加して、どんどん生活を豊かにしてくれるようになる」
……異論を唱えようとしたがやめた。
それはネコルが取り繕った笑顔を浮かべていたからだ。
きっとネコルは魔法を使えないのだろう。それでも、この国の王女の前で、魔法がもたらす進歩を、恩恵を理解して、我慢して笑顔をみせている。
カレンの授業を聞いた俺には、それがもたらすのは進歩、恩恵だけではないと知っている。だが、我慢して受け入れることも正解の一つだ。当事者ではない俺は、当事者の選択を尊重しなければならない。
それにまあ、フランが言っていることも間違っているわけではない。むしろ、正しいと言い切ってもよく、フランに落ち度は一切ない。
「そうなんだ」
「うん、さっ食べよう。すっごく美味しいから」
フランは、スプーンで口に運び、うまぁ〜、と幸せそうな顔をしている。
良い子なのには違いない。
俺のために似合う服を選びたい、同時に、みんなを退屈させず楽しませたい、という思いから、あの遊びを提案した。美味しいものを食べさせたい、という思いから、誰よりも美味しそうに食べる。そんな優しい子だ。きっとジャンケンも負けたら負けたで、何か補填するつもりだったのだろう。
「うぅ、冷たいもの食べたから、お腹痛くなっちゃった」
「大丈夫、ネコル?」
「無理。アル君、支えて〜」
食べ終わり、雑談に興じていると、ネコルはアルを連れ立ってトイレに行った。
「行っちゃったなぁ。で、ラーイ」
フランは、机側から俺のほうに体を向けた。
「ラーイは、一体、誰?」
「ひどいこと言うなあ」
そういう意味じゃない、わかっていて、そう言った。だが、どうやらフランは許してくれないみたい。
「で、ラーイは誰なん?」
「商人の子だよ」
ロレンツォが文字通り命がけで、俺を送り出したのだ。この国の王女に本当のことを言うわけにはいかない。
「にしては、お金を使うことに躊躇いないよね。それに、巾着袋に入ってた
額も相当。立ち振る舞いも商人の子にしては、ちょっと優雅すぎるし」
「あなたには優雅さで敵わないよ、フラン第二王女」
追及されたくなくて牽制すると、フランは目を丸くした。続いて唇を尖らせ……そしてニヤッと笑った。
「気付いてんなら、はよいえや〜」
そう言って、手をわきわきさせて、こそぐってくる。
「や、やめて、うわっ」
「わっ」
体勢を崩し、押し倒される。その時、首筋にぬれっとした感触が走った。
「うえ〜っ、舐めちゃ…………」
言葉が止まって不審に思い、覆いかぶさっていたフランの顔を窺う。
次第に赤くなり、目がとろんと蕩け、息が荒いでいく。
爽やかな柑橘が、熱く、甘く、濃く、ねっとりとしたジャムに変わったような。
そんな興奮が煮詰まった表情に、ぞわっと寒気が走る。
「ねえ……ラーイ。もう一回、舐めて、い?」
ちろりと、赤い舌が見えた時、声がかかった。
「もう! フラン! またラーイさんに迷惑かけて!」
アルの声に、我に返ったのか、フランはゆっくりと起き上がった。
「あぁ、ごめんごめん」
俺はなぜか、助かった、という思いで安堵した。
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