第67話

 宿屋に入ってきた美少女。


 肩にかかるくらいの艶やかな黒髪は、アルの黒とは異なり、紺や青に近い感じ。勝気な目に、小生意気な桜色の唇。肌は透き通るように白いけれど、快活な笑顔、しなやかな体躯から、すこぶる健康的な印象を受ける。甘酸っぱくて爽やかな柑橘の香りがしそうな感じの女の子で、青い夏空がよく似合いそう。


 そんな美少女。


 もちろん、見たことはない。だけど、どこかで見たことがあるような気がする。


「あれ? お客さんいるん?」


「あ、あわわ。お客様、これは大変失礼を!」


 不躾な美少女の言葉に慌てたアルがまたぺこぺこと頭をさげた。


 ほんとう、騒がしいなあ。俺、本当にこの宿屋に泊まらないとダメなのかなぁ。


 なんてことは口にせず、お気になさらず、と答えた。


「寛大な対応いただき、ありがとうございます。フラン、お願いだから待ってて……」


 フラン? その名には聞き覚えがあった。


 たしか……レガリオの次女だっけ?


 フラン・レガリオ。カレンの授業で聞いた気がする。魔法の才能に恵まれた美少女だとか何だとか。


 でも、聞き覚えがあるのは、それだけなのか?


「そうだよ、フランちゃん! 大切なお客様なんだから、静かにしてて!」


「ごめんごめん。用事が終わるまで待ってるよ……え、お客様ってこの子?」


「フラン……」


 こめかみを押さえたアルに、フランは、ごめんね? と笑った。


「これは失礼いたしました」


 言葉の丁寧さとは裏腹に戯けた口調。


 でもだからといって、不快感はない。むしろ、人懐こい小動物みたいな、小憎たらしさが可愛いような、そんな感じがする。


「いえ、全く」


 というわけではないが、そう言っておく。


「そっかぁ、良かった!」


 フランがバンバンと背中を叩いてくる。超がつく美少女なのに、男っぽい行動をしたので、妙な気分になる。


「あ、そうだ。ねえ君、名前は?」


 手が止まったと思うと、そんなことをフランが尋ねてきた。


「レ……ラーイです」


「ラーイね、了解。じゃあラーイ、これから私たちと遊び行こーぜ」


 飛び跳ねて「いいね!」と喜ぶネコルとは反対に、アルは「ダメだよ」と嗜めた。


「どう? ラーイ?」


「これから衣類等、日用品を買わなければならないので、すみません」


 そう答えると、フランは肩を落とすどころか、目を輝かせた。


「おっ、いいじゃん、一緒にいくよ。いいお店知ってるんだ」


「案内していただけるのですか?」


「もちよ。あ、でも、ダメ」


「ダメ?」


「だって硬いよ。堅苦しさがとれないと、連れてってやれないなぁ〜」


 軽口に一切の嫌味が含まれていないことに感心する。


 どうしよう。連れて行ってもらうべきか、本音を言うと、何故か行きたくない。


 だけど、皆の顔が思い浮かんで、考えを改める。


 この宿屋にきたのには意味があるはず。自分の意思で動くより、流れに逆らわず身を任せたほうがいい。


「わかったよ、じゃあ案内頼んだ、フラン」


 満足そうにフランが頷くと、ネコルが、私も私も、と跳ねたので、俺はネコルにもよろしくと伝えた。


「よし、そうと決まれば、ちゃちゃっと手続き済ませていくよ、アル、ネコル」


「え?」


 要領を得ない様子のアルに、フランは首を傾げた。


「うん? もう手続きは終わってた?」


「そうじゃなくて、僕は行けないよ。宿のお仕事をしないと」


 アルがそう言うと、ネコルは、え〜、と不満げな声をあげる。


「日も高いのに、お客さんなんてこないよ。それに、十日もラーイさんが泊まってくれるんだからいいじゃん」


「ネコル……いやでも、そういうわけにはいかないよ」


「いいからいいから、アル君行くよ。それにいいの? 最近、治安がよくないのに、幼馴染二人と大切なお客様の子供三人を放置して?」


 ネコルの言葉に、アルは困ってあわあわしたのち、はあ、と息をついた。そして俺にぺこりと頭を下げた。


「すみません、宿に帰ったら、精一杯ご奉仕いたしますので」


「ほどほどで大丈夫だよ」


「あ、ありがとうございます」


 フランが、パン、と手を叩いた。


「決まり! ほら! 店まわるぞ〜!」


「よーしいこー!」


 フランに合わせてネコルが手を掲げた。


 歩いていく二人に、ついていきながら、きっとこの人たちと関わることには意味があるはずだ、と考えることにした。

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