第3話


 水洗のトイレ、お風呂。ベッド、テーブル、クローゼットがあってなお広々とした部屋。時代錯誤も甚だしいが、流石ゲーム世界の寮といったところだろう。


「う〜ん、もう今日はやることないしなぁ」


 学食、大浴場はいつでも入れて、洗濯物は好きな時に寮母さんに持っていけば良い。掃除当番はないし、寮の規則は渡された本を読むだけ。そのため、オリエンテーションなどはなく、普通に入居して終わりだ。


 イベントがまったくないかというと、そうではない。まだ知らせはないが、ゲームではのちのち親睦会が開かれる。ほかにもイベントはそれなりにはあるが、とりあえず今日やることはない。


「寝るかぁ」


「帰って寝てください」


 ベッドでゴロンと寝返りをうつと、アルが困った顔をしていた。


「どうして僕の部屋に居座るんですか?」


「帰りたくないから」


「なぜ?」


「俺には会いたくない人間が4人いる。そのうち1人はここを訪れる可能性はあるが、他3人は俺とアルの繋がりを知らない。残る1人は俺がこの寮にいるなんて、思いもよらないだろうから探さない、つまり隠れてやり過ごせば良い」


 アルの頭の上に?マークが三つ浮かんだ。


「まあアルと2人きりでいたいってこと」


「ええ!? うぅ、そ、それは、困ります……というより!」


 レインさん、と呼ばれる。


「ほ、ほんとうに、ラーイさんが、レイン様なのですか?」


「そうだけど様はやめてね。あ、ネコルは元気してる?」


「は、はい。宿を継いで忙しくしてます。本当にラーイさんなんですね」


「フランには内緒だよ。俺がラーイだって」


「いや僕が一目で気づいたので、隠せはしないかと」


 無理か。そう上手くはいかないらしい。記憶がありさえすれば、レガリオでは変装していたのに。


「本当にレインさんが……あ、なら! どうしてレガリオに身分を隠していたんですか?」


「まあお忍び旅行みたいなもんだよ」


「だ、だったら、色々苦労かけてしまって申し訳ございませんでした。お礼しようとは考えてましたが、お詫びも……」


「いや、いいのいいの。俺が勝手に首突っ込んだだけだから」


「そういうわけにはいきませんよ」


「気にしなくて良いのに」


 でもそうか。何かしないと気が済まないだろうし。


 アルに出来ることか……あ。


 電流が走ったように閃く。自らの考えに震えがくる。


 この方法をとれば、俺は接触せずに記憶の確認ができる。


「アルに頼みたいことがある」


「はい! なんなりと!」


「元首候補の4人から話を聞き出せ」


「無理です!」


「元気いい」


 アルはだってと言い訳しだす。


「いくら学園内で身分の平等を謳うと言っても、僕はしがない宿屋の主人です。高貴なお方と話すなんて、周りが許しませんし、僕だって気が引けちゃいます」


「いや、できる」


 アルはこの物語の主人公で、すぐにヒロインたちと接点を持つことになる。


 そのことで文句を言うやつは、ゲームでは俺1人。大体から、嫉妬はすれど、元首候補が快く喋ってるのを咎めるやつなんて、よほど馬鹿しかいないのだ。


 そんな遠回しの説得と自虐を言えるはずなく、俺は圧力をかけることにする。


「レガリオの国家方針を打ち出し、内乱の危機を防いだこの俺に、できないなどと何事だ!」


「ええ……急に恩着せがましい。けど、正論です……」


「だろ? アル、君はレガリオという国家を代表して、国の恩人である俺に恩を返せるんだ。素晴らしいと思わないか?」


「何だか、すごく、嫌です」


「うるさい、だまって、やれ」


「べ、べつのことじゃダメですか!?」


 これ以外にないと思い知らせるために、あえて俺は尋ねることにした。


「たとえば、何?」


「え、えええ、えっちなこと、とか」


 顔を赤らめるアルにはっきりと言う。


「気色悪い。聞いたのが間違いだった。いいか、まずは手始めにフランから聞き出せ。俺との記憶を全部だ」


「うう……酷い」


 アルがうなだれた時、扉を叩く音が鳴った。


「アル〜いる〜? 開けて〜」


 まずい。フランの声だ。


 俺は慌ててそれでいて静かに、クローゼットへ隠れた。




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