第7話


 遠くの空から羽の生えた魔物が前進してくる。その数は100程度に見えるが、羽音が城壁の上まで届いてきて、実際の数以上いるように思う。


「構え!!」


 ぞろぞろ、と、杖、弓矢が構えられると、ロレンツォ将軍の号令がかかった。


「放て!!」


 雨のような矢、魔法が、空の魔物に当たり、球状の爆風ができた。仕留めたか、と思ったが、煙の中から、こっちに向かって魔物が飛んでくる姿が見えた。


「構え、放て!」


 2射目、3射目、と前進してくる敵を阻むように放ち続け、確実に飛来する魔物の数を減らしていく。


 問題なく守れてるように思うけど、このままじゃダメだな。


 100は少なくない、だがその程度の数にそこそこ手こずっているようじゃキツい。今は、空の魔物に集中できているけど、陸の魔物がこの砦までたどり着いた時、同時に相手することは難しいだろう。


 俺も射撃部隊にまざるか。


「放て!!」


 号令に合わせて、エクスプロージョンアローを放つ。


 色とりどりの魔法に先行して、橙色の矢は魔物の集団に直撃する。大きな爆炎が上がり、そこを中心に爆風が広がる。


 うわっ、300m以上ありそうなのに、ここまで風が届いた。流石、最後から2番目に覚えるスキル、強力だなぁ。


「お、おお!! 空の魔物を撃ち落としたぞ!」


 あちこちで、歓喜の声があがる。


 正しい反応だとは思うんだけど、予想していたのと違う。もっとこう、お、王子!? みたいな感じで驚かれると思っていた。


「あの規模の魔法爆発、初めて見たな」


 そう言った近くの兵士に俺は尋ねる。


「魔法爆発って?」


「はっ!? 王子様」


「畏まらなくていい。それより、教えてくれ」


「多属性の魔法が接触すると爆発が起きます。それを魔法爆発と呼ぶのです」


 ああ、まあ、そりゃそうか。雷だの炎だの氷だのがぶつかるのだ。爆発くらい起きてもおかしくない。


 でも、さっきの爆発は間違いなく、エクスプロージョンアローによるものだった。それを誤解しているのはどうしてだろう?


 そっか。エクスプロージョンアローという技を知らないから、魔法爆発と誤解したんだ。


 ん? これ、使えるかも。


「気を抜くな! 地上の魔物はすぐそこだ! 射撃部隊! 胸壁の前に一列に並べ!」


 俺も並んで、城壁から見下ろす。大体、200mくらい先から、バッタ型の魔物、カエル型の魔物が迫ってきている。両方ともぴょんぴょん跳ねるので、狙いがつけ辛い。


「撃て!」


 号令が掛かって、矢や魔法が放たれた。だが、多くは外れ、地面から砂煙が上がる。それから何度も射撃は繰り返されたが、軽微の損害を与えることしか出来なかった。


「狼狽えるな! 我らには城壁がある! 登ってこようとしたところを確実に仕留めろ!」


 そう、ロレンツォ将軍が言った時だった。


 太陽が隠れたように、暗くなる。上を向けば、3mはあろうかというカエル、レッドフロッグが飛んでいた。


 どん、と音が鳴って、レッドフロッグが歩廊に着地する。


 まずい。


 俺はフロストアローを撃って、レッドフロッグを仕留める。安心したのも束の間、次々にバッタ型やカエル型の魔物が歩廊に飛び込んでくる。


「射撃部隊下がれ! 白兵戦に入る! 者共、剣を取れ!」


 剣を手に取った兵士らと魔物との接近戦が始まる。あちこちで、血飛沫と肉を裂く鈍い音が鳴る。


 俺は弓を構えながら、唇を噛んだ。


 ここまで入り乱れると、大規模なスキルを撃てば巻き込んでしまう。低位のスキルでやるしかない。


 腕を振り上げたレッドフロッグをフロストアローで打ち抜いて、兵士を助ける。


「あ、ありがとうございます」


 礼を聞いている暇はない。次は、あそこが苦戦してるな。


 俺は、地道にフォローしていった。



 ***


 荒い息遣い、地面にへたり込む音。空に満月が浮かぶ時間になって、俺たちはようやく魔物侵攻を食い止めた。


 うへえ。つかれた。今日のは集団から先行した魔物だけだったけど、本隊がくるとなったらまずいなあ。


 俺のサポートもあって、死者、重傷者は出ていないけど、軽傷の人は何人もいる。一時退けたのに、鬨の声があがらないのは、来る襲撃を憂いているからだった。


「王子、今日はありがとうございました」


 ロレンツォ将軍か。戦いが終わってまもないのに挨拶にくるなんて、まぁ、元気なこって。


「大したことはしてませんよ」


「いえ、そんなことはありません。今日の戦い、間違いなく貴方が1番戦功をあげたでしょう」


 褒めてくれるのは嬉しいんだけど、貴方は目立ちましたよ、と言われたようなもんだなぁ。ただでも、戦功第一、程度に目立つくらいなら、許容範囲内か。化物とか、英雄とか、そんなんにならんくてよかた。


 じゃあまあ、もうちょっとだけ目立たないように頑張ろう。


 それはどうも、と礼を言い、それより、と告げた。


「今は兵士を労い、休息につとめるべきです」


「それもそうですね。見張り以外の皆は、食事の準備をしろ」


 ロレンツォ将軍の指示に従い、皆がのそりと起き出した。


「王子はお食事いかがいたしますか?」


「俺は持ってきたものがありますので、部屋でそれを頂くことにします。また、明日、よろしくお願いいたします」


「承知いたしました」


 俺はその場を離れ、部屋に帰るフリをする。そして、側防塔に入って、6歳児の特権をいかし、むぎゅむぎゅぽん、と狭間から外に出る。城壁に沿って、ひゅ〜、と落下し、地面に着いた瞬間、前転で衝撃をいなした。


 流石高レベル、十数m落ちて、ちょっと痛いですんだ。


 さて。魔物の数を減らしにいくか。


 スポットライトを躱す怪盗みたいに、城壁からの松明明かりを避け、荒野を歩いていく。ひたすらに歩き続け、明かりも届かないところまで来ると、俺は弓を構えた。


 大体魔物の集団はあの辺だから射程範囲内に入ったな。このままだと陥落するのは目に見えてるし、全滅までは不審に思われるからやれないけれど、戦えるくらいには削りたい。


 ラスボスを射程外からボコボコにする、最後に覚える技を使おう。ま、エクスプロージョンアローの件から言って、知らないスキルは理解できるものに置き換えてくれると思うし、この技も天災かなんかだと誤解してくれるだろう。


「星ふりの矢」


 きゅっと弦を引くと、薄紫の矢が現れる。それを天に向かって放った。2、3秒経って、空から薄紫の流星のような矢がふってきた。地面に落ちると光柱が上がって、すっと消えた。


 その瞬間、異様な高揚感を覚える。


 この感じ、レベルアップ? しかもいつもより、高揚感がある。もしかして、一気に2つ上がった?


 ごくり。


 よく考えれば、魔物の大群なんて経験値の山だ。


 やりすぎたら、不審に思われるか。いやいや、いいよね。どうせ天災だと思われるし、それで魔物の大群が消えちゃっても、俺は疑われないよね。


 うん、やろう。経験値がうますぎる。


 俺は、うはうは、になりながら、星ふりの矢を撃ち続けた。

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