第19話


 荷物を回収すると、そのままアルの部屋へ。


「ほれ、とってきたよ」


 とベッドに腰掛けていたアルに鞄と本を見せる。


「すみません、ありがとうございます」


「どこ置いたらいい?」


「い、いえ。自分でやります!」


 アルが立ち上がろうとしたので、「立たない」と声で制した。


「安静にしないと、治るものも治らないぞ」


「あ、す、すいません。で、でも、レインさんが取りに行っている間に痛みは引いたので、これ以上、ご迷惑をかけるのも申し訳ないです……」


 まあそうか。捻っただけみたいだし、もう立ってもいい頃合いか。


 とはいえ、安静にしていた方が吉。


「いいよ別に。俺が大変な時にはアルに助けてもらうから。鞄と本、机の上においとけばいい?」


 気遣わせないようにそう言って、いや、本当にそうだわ、と思う。今すぐにでも助けてほしい。


「……レインさん、ありがとうございます」


「礼を言われることじゃない、というか礼より助けがほしい」


「え、どういう?」


 鞄と本を机の上に置いて、アルに向き直る。


「冗談。それより、アル。何か食べたいものでもある?」


「え?」


「その足じゃ食堂に行くのも一苦労でしょ? 貰ってくるよ」


「え、持ってきてくれるんですか?」


「そらそうよ。食いたくないとか、部屋に飯の匂いがするのを拒む、ってんなら、話は別だけど? あ、杖とかあったら便利か。医務室にあるだろうし、借りてくる……何、ニコニコしてんの?」


 ニコニコしていたアルは口を開いた。


「レインさんのこと、ネコルがお兄ちゃんって呼ぶのがわかった気がして、つい」


 くすくす笑っていたアルだが、急にあわあわしだした。


「や、レ、レインさんを、ネコルのお兄さんにしたいってことではなくてですね!?」


 それはマジで意味がわからない。


 興味がないので、話を元に戻す。


「それで、飯はどうする?」


「痛みも引いたので、食堂でいただきます、でも……」


 アルは伏し目がちで言い淀んだ。が、すぐに、ねだるように上目遣いしてきた。


「一人は寂しいので、一緒に食べてもらえませんか?」


 吐き気を催す気持ちの悪い仕草……のはずなのだが、見た目のせいで普通に可愛い。


 女の子であれば心臓が跳ねていたかもしれない、なんて思いながら返答する。


「別にいいよ。もっと気軽に飯行こうくらいでいいのに」


「あ、はは。すみません、ちょっと自分から誘うのは恐れ多いというか、こう積極的というか、そう見られちゃわないか、とか」


「わからないけど、まあ、俺の身分もあるし、仕方ないか」


「そういうことでは、ないんですけど」


「ん? どういうこと?」


「い、いえ! 何でもないです、忘れてください!」


 忘れてください、と言われたので、特に興味もないので忘れることにする。このどうでもいい感じが、男友達って感じがしていい。きっとアルもそのうち慣れて、この感覚になってくれるだろう。


「じゃ、じゃあ、レインさん。食事の時間はいつにします?」


「うん? ここで、適当に駄弁って、腹減ったときに行けばよくない?」


「だ、ダメです。食事に行くんですから、そ、その朝のこともありますし」


 朝? 何があったっけ? ああ、匂いがどうこうってやつか。アルはそれを気にして、シャワーを浴びてから行きたいのだろう。


「別に気にしなくていいのに」


「き、気にしますから」


 まあ、止める気はないので、俺は頷いた。


「わかった。じゃあ、2時間後にまた誘いに来るよ」


「は、はい。お願いします」


「了解。じゃ、またくる」


 と言って俺は部屋から出た。


 そして向かった先は、医務室。


 シャワーを浴びるのなら、包帯を外す必要があり、巻き直す必要もある。また同じものを巻き直してもいいけれど、新しいものの方が気分はいいので、新しい包帯をもらう必要があったのだ。


 十数分かけてたどり着くと、口の悪い先生にこめかみをぴくつかせつつ、無事、借り出すことに成功。ついでに杖も借りて退出し、アルの部屋に向かう。


 また十数分かけて帰寮し、アルの部屋の扉の前に立つとノックした。


 中から返事はない。


 ノブに手をかけて開けてみると、鍵はかかっておらず、簡単に開いた。


 入るかどうか逡巡したが、入ることに決める。


 まあいいだろ、男友達なんてこんなもんだろ。


 部屋に入ると、シャワーの水音が聞こえ……止まる。


 鼻歌。


 髪をガサガサとタオルで拭く音。


 浴室の扉が開く音。


「あ」


 全裸のアルと鉢合わせる。


 火照った顔。


 撫でるような華奢な肩。


 ないはずのささやかな白桃が二つ。


 くびれた腰。


 男とは違う、細いのにぽこりと丸みを帯びたお腹。


 そして、あるはずのものが。


「生えてない」


「————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————-ッ!!!!!!!!」


 男のモノが生えてない。


 ついでに言えば、毛も生えてない。


 あ、よく見れば毛は生えてる。ほっっそい柔らかな毛が、片手で足りる数生えて……いや、こんな情けない恥毛を見ている場合ではない。


 ……は??????


 何で? え? あ? え? いや、何で???


 アルは女だったのか?


 いや、それはない。ゲームではたしかに男だった。俺のゲームの知識は今まで合っていたし、このことだけ間違っているとは考えられない。


 なら……そうか!!


「この野郎!」


 俺は全裸の女の背後に素早く回り腕を極める。


「っ!!??」


 声にならない声をあげる女を無理やり歩かせ、持っていた包帯で椅子に縛りつける。


「おい、お前は何者だ!? アルをどこにやった!?」


「う、うううううう!!!!」


 羞恥に悶えるように椅子をがたがたさせて拘束を解こうとしているが、解放する気はない。


「お前がアルじゃないのはわかっているんだ。アルをどこにやった?」


 俺はこの女がアルに化けているのだ、と確信していた。


 変身の魔法、そんなものは聞いたことはないが、知っていることが違うより、知らないけれどある、の方が可能性は高い。


 それにアルに成り代わる動機だって多々ある。アルはフランとも俺とも仲がいい平民なのだ。アルになりかわり、俺たちが油断しているところに近づくことができれば、暗殺から何から何まで楽にできる。


「うぅ、ひぐぅ……僕がアルですぅ」


「嘘をつくな、アルをどこにやった? それにどうして呑気にシャワーを……まさか!? 血を洗い流すためか!?」


 さっき会話していたときのアルはたしかにアルだった。それはネコルにお兄ちゃん呼びされているという、フランとアルでしか知り得ない情報を持っていたからだ。


 そう考えると、つい先ほどなり代わり、血を流すためシャワーを浴びていたという説が真実味をます。


 なら、まずいっ!!


「ひぃん。違いますよぉ、僕がアルなんです、アルは女なんですぅ」


「いや、アルは男だ! この偽物め! くそっ、時間が惜しい! こんなことなら、尋問の方法も習っておくべきだった!」


 くっ、待ってろよ、アル! この女からすぐ居場所を訊き出し、助けに行くからな!

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