第15話


「お〜い、お〜い?」


 ハッ、あまりの驚きにフリーズしていた。


「あ、戻った。ねえ君」


「な、なんでしょう?」


「あはは。畏まらなくていいよ〜、年は同じくらいでしょ?」


「はい。全く同じです」


「いや、それはわからないでしょ」


 けたけた笑うモユを見ていると、少しずつ冷静さがもどってきた。


 落ち着け。予想外のこととはいえ、焦るんじゃあない。


 まだこの子がモユ・サドラーと決まったわけじゃないんだ。多分、他人のそら似。きっとそう。


「ボクは、モユ・モジュー。サドラー国のモジュー家の長女って、わかるかな?」


 確定した。


 い、いや、だから何だって言うんだ。別にビビる理由はないだろ。いくら、将来俺を薬漬けにするとはいえ、今のところは無害。まだ俺に悪印象は持っていないのだ。


 そう、変な印象は与えないようにしよう。好青年、いや、好少年を装おう。


 俺は、こほん、と咳をして、爽やかな笑顔を浮かべる。


「知っていますよ、金の採掘で有名なモジュー侯爵家ですね!」


「え、子供なのに、くわし……。笑顔も何か嘘くさい」


 おい、どないすればええんじゃ。


 なんて、顔に出ないように、ハハハ、と笑った。


「俺はレイン・クウエスト。クウエストの王子なもので、他国の情報は教育されるのですよ」


 そう言ったら、モユの顔が、まずった、って感じに曇った。


「ごめんなさい、ボク、王子様だなんて知らなくて、気安く接しちゃったよ。気に触ったかな?」


 みずしらずの他人に、ほっぺたつっつく悪戯をしたり、からかったりするのは、気安いで済む話だろうか。


 なんてことをちくちくする、ちっさい漢ではない。俺の心は広いのだ。断じて、悪印象を持たれるのが怖くてビクビクしているわけではない。


「いえ。むしろ気安く接してくださって、嬉しかったですよ」


「本当?」


「はい」


「……そっかぁ、悪戯されたり、からかわれたりするのが好きなんだね?」


 その小悪魔な口調と笑みに、少しドキッとさせられる。


 くっ、言われていることは腹立たしいのに。悔しい。


 そんな感情が顔に出ていたのか、モユが嬉しげな顔になった。


「か〜わいい!!」


 あ、こら! 抱きついてくるな!


 って、あれ? 急に離れた?


 見ると、目を丸くしている。え、こっちが驚いてるんだけど。


「ね、ねえ、君。何かした?」


「え? 別に何も?」


「そう……。あのさ、もう一度抱きついてもいい?」


 え、顔がちょっと赤いし、目もなんか熱っぽいんだけど。


 何だか身の危険を感じたその時、モユの後ろから男性が現れた。


「お嬢様、ここにいたのですか……」


 振り返ったモユは男の顔を確認すると、悪戯がバレた子供の笑みをみせた。


「ごめんね、バスティン」


 バスティン、そう呼ばれた男の顔にどこか見覚えがあった。


 う〜ん。見たことある気がするけど、思い出せない。誰か尋ねてみよう。


「あの、この方は?」


「バスティン。モジュー家の政務から私の護衛まで務めてくれる、大事な大事な家令だよ」


「バスティンさんですね。私は、クウエスト国の王子、レインと申します」


 自己紹介すると、バスティンは目に見えて慌てた。


「な!? お嬢様が、とんだご無礼を!」


「いえ。気にしていませんので、お気になさらず」


 そう言うと、バスティンは、ほっ、と胸を撫で下ろした。そしてモユに、一瞬だけ冷たい目を向けた。


 心臓がキュッとしぼみ、鳥肌がぞわりと立つ。


 お、思い出した。こいつのこの顔、モユの父、モジュー侯爵に薬を手渡しているモブだ。


 あの冷たい目は、印象に残っている。多分、間違いない。


 それに、家令と言ったか? なら、事業が失敗したのもこいつのせいか? 


 モユに向けた冷たい目は、憎悪だったり負の感情が明らかに込められていた。もしかすれば、侯爵家に対して、叛意に近い感情を抱いているのかもしれない。


 だとすると、色々と納得がいく。金の採掘量なんて突然0になるものではない。産出量が減ってきた、という段階を経て0になるのだ。その間に、坑夫を少しずつ他の職に段階的につけていくなど、失業者を減らすような手をいくらでも打つことができる。だが、それができなかったのは、バスティンが何かしたせいなのではないだろうか?


 いや、真偽はどうあれ、侯爵にクスリを渡すようなやつだ。絶対に信用しない方がいい。


「モユ、聞いてください」


 俺はバスティンに聞かれないように、耳うちをする。


「バスティンを絶対に信用しないように」


「はあ?」


「いい? 絶対にだよ?」


 モユはむっと唇を尖らせた。


「君、失礼じゃないか」


「わかってるけど」


 途中でモユは俺から離れた。


「よく知りもしない人を疑うなんて最低だね」


 うっ。それはそうなのはわかる。さっきの様子を見る限り、モユは、バスティンのことを慕っている。そんな人の悪口みたいなことを言われたら気に触るのは当然だ。


 でも。


「いやでも……」


 俺は言葉の続きが出なかった。なぜなら俺に向けられたその目は、ゲームで泡吹いて白目をむく、レイン・クエストを見下す、モユ・サドラーの目だったのだから。


「行こう、バスティン。気分が悪いよ、ここにいちゃ、楽しく演劇を見られない」


 モユの姿が見えなくなってから、ようやく思考が動き始めた。


 ど、どどど、どうしよう!? 悪印象を与えてしまった!!


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