バレンタインデーSS

 近況ノートで答えてくださった結果、モユは出突っ張りなので、シリルにします。ごめんなさい。


 ***


 これは、シリル・デインヒルが日本のjkだったらのお話。


 ———来る。バレンタインデー。


 世の女の子がチョコを想い人に手渡す日。


 そして彼女になる日でもある。


 そんな1人に名を連ねようと、私、シリル・デインヒルもまた、チョコレート制作に励んでいた。


「これでいいかな」


 小箱の中に仕切りを4ついれた9分割のスペース。そこに一つ一つ、種類の違うチョコレートが埋めてある。


 これには仕掛けがついている。一つチョコをとるとその下の文字が見えるようになっているのだ。


 書いてあるのは、『あなたが好きです』というメッセージ。


 おわかりだろうか。9個のチョコレートがあるので、字足らずである。一個空白である。


 ただそんなのは些細なこと。


 あ、な、た、が、す、き、で、す


 と読んだ後に、『さ、最後の文字は何だ? こ、これで謎が解ける……ごくっ』とはならない、よね?


 不安になってきた。シミュレーションをしてみよう。


 私はチョコレートを手渡ししたときの妄想のため、二体の人形を用意する。そう、れーくん人形としーちゃん人形だ。


 よし、まずはチョコレートを渡すところから。用意、アクション!


「君のためにチョコレートを用意したよ、受け取ってくれるかい?」


 キラッと歯を輝かせて渡す私。


「キャー、シリル様が私に!?」

「いや、私によ!」

「私だから!!」


 突如、教室、窓、天井から押し寄せた女子の大群に彼は押しつぶされた。沢山の足跡がついた彼の背中を、どこからともなくやってきた探偵が虫眼鏡で観察する。


「これで全て謎は解けました。この足跡、砂浜についていた足跡と一致する」

「は!? ということは!?」

「はい! 犯人はこの中にいる!!」


 だだーん、と音楽が脳内に流れたところで、頭を振る。


 ダメだ。私が王子様をやるとこうなってしまう、確実に。


 ここはやはり、女の子らしく渡そう。よーい、アクション!


「あ、あの」

「なんだい、シリル。そんなに顔を赤らめて」


 そう言って、そっと私の頬に手を添えてくる彼。


 キャー、とテレテレしたくなるのを我慢して私は続きを話す。


「こ、これ。あなたのために、作ってきました」

「ふーん、一体、何を作ってきたと言うんだい?」

「そ、そんなのわかるじゃないですか!?」

「君のその綺麗なピンクの唇から紡がれる美声で教えてくれないか?」

「〜〜〜〜っ!?」

「硬く結ばれた唇、こじあけてあげようか?」


 彼は、ちろっ、と赤い舌で自らの唇を舐める。


 それを見て私の口は、欲して、自然と開いた。


「ほら、開いたね。物欲しそうに」


 私の心臓はどきんと跳ね、速い鼓動が鳴り響いた。


 キャーーーーーーーーーーーーーー!!!!!


 なんて! なんて! なんて! ない。


 シリルデインヒル17歳jk。後一年で大人である。


 最高すぎるシチュだが、それはない、と理解することができる。


 というわけで、時を戻そう。


「こ、これ。あなたのために、作ってきました」

「ふーん、一体、何を作ってきたと言うんだい?」

「そ、そんなのわかるじゃないですか!?」

「君のその綺麗なピンクの唇から紡がれる美声で教えてくれないか?」

「うっ、ち、チョコです……」


 勇気を振り絞って言った私に彼は首を振った。


「それはわかるよ。俺が聞きたいのは、義理なのか、本命なのか、どっち?」

「うぅ、それは、そのぉ、ぎ、義理だよぉ!」

「本当に?」

「うっ、ほ、本当は本命ですぅ……」

「ふふっ、可愛い子猫ちゃんだ。でも、嘘をついたのはよろしくないな」

「え」

「ちゅっ」

「ふええ」

「悪いお口さんは、食べちゃった」


 私の心臓はどきんと跳ね、速い鼓動が鳴り響いた。


 キャーーーーーーーーーーーーーー!!!!!


 なんて! なんて! なんて! ない。


 シリルデインヒル17歳jk。後一年で大人である。


 最高すぎるシチュだが、それはない、と理解することができる。


 というわけで、時を戻そう。


「こ、これ。あなたのために、作ってきました」

「ふーん、一体、何を作ってきたと言うんだい?」


 今回は中に仕掛けがしてあるのだ。ここでは言うまい。


「開けてみてのお楽しみ、かな?」

「顔真っ赤! ドキドキ!」


 箱を開ける彼。


「チョコだぁ、しかもストラックアウトみたいに9分割してある」

「ふふっ、バレンタインチョコのデザインを、ストラックアウトで喩えないの」


 ちょん、と鼻先をつつくと、彼は照れた。


「5番を開けられそうになっちゃった……」

「耳は4番、6番か?」


 ……よくない。ぜんっぜんよくないので、時を戻そう。


 箱を開ける彼。


「チョコだぁ」

「えへへ、今日のために作ったんだ!」

「残念だな、チョコ以外のものが欲しかったな……」

「え、もしかして苦手だった!?」

「違うよ、俺はお前の味噌汁が飲みたかった」

「それって!?」

「2月はまだまだ冬。寒いときには味噌汁だよね」

「あはは。バレンタインで味噌汁要求するなんて、何業界の陰謀?」


 ……よくない。ぜんっぜんよくないので、時を戻そう。


「チョコだぁ」

「えへへ、今日のために作ったんだ!」

「お、俺のために……?」

「う、うん。その喜んでくれるかなぁ、って」

「ありがとう、シリル。俺、食べるよ。チョコの味にはうるさくて、ゴーディバ以下はゴミだと思ってるけど、俺、食べるよ」

「やっぱ食べないで」


 ……よくない。ぜんっぜんよくない。


 さっきからなんだ。チョコにストラックアウトを持ち出したり、突然味噌汁を要求してきたり、チョコに厳しかったり。


 彼はそんな異常者じゃない。普通の男の子だ。


 そこを思いながら、もう一度。


「チョコだぁ」

「えへへ、今日のために作ったんだ!」

「お、俺のために……?」

「う、うん。その喜んでくれるかなぁ、って」

「ありがとう、シリル。俺、食べるよ。あ、チョコをとったら下に文字が」

「う、うん。その私の気持ちです」


 彼は一つ口に運んで、もう一つ口に運ぶ。


「……もぐもぐ」


 また一つ口に運ぶ。


「……もぐもぐ」


 また一つ口に運ぶ。


「……もぐもぐ」


 ……私は思った。


「告白をもぐもぐされながら黙読されるの苦しい!! いや普通の男の子ならそういうふうになるだろうけど!!」


 hey yo! もぐもぐ! 黙読!


 じゃなくて、うわあ〜〜! やらかしたぁ!


 もうチョコは作っちゃったし、どうしよう!?


 い、いや、そんな hey yo! もぐもぐ! 黙読! な展開にならないはず。


 そう! 例えば!


「えっと、あ、な、た、が、す、き、で、す。これで、残り一つ、さ、最後の文字は何だ? こ、これで謎が解ける……ごくっ」


 ってなるんかーい。


 なんてところで目が覚める。


 教室には夕日が差し込んでいた。


 放課後になる前の時間。


 今日一日、チョコを渡せなかったせいで、変な夢を見ていた。


 嫌な夢だった、渡す勇気がなくなる。


 でも渡さないと。なんとしても渡したい。


 放課後になると、緊張しながら、痛いくらい心臓をドキドキさせながら、彼に声をかける。


「あ、あの、これ!」


 高鳴る心臓の音が聞こえてないか、不安になりながらチョコを差し出す。


「ありがとう!」


 たったそれだけの反応。今までの妄想のどれにも及ばない淡白な感想。


 でもそれだけで


 わわわ、ありがとうって受け取ってくれたってことは、チョコを渡してくれてありがとう=女の子でいてくれてありがとう=俺の女ってことだよね!?


 とチョコが溶けそうなほど顔が熱くなった。

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