第33話
ダンジョンの最奥。
襲いくるスライムに向けて、エルが上段から剣を振り下ろした。
「ぴぎぃ!?」
一刀両断されたスライムがびしゃと溶けて、地面に水たまりを作る。
残りは三体。平行に並んだ時を見極めて弓矢を放つ。矢は団子のようにスライムを串刺しにし、また三つの水たまりをつくった。
「うん、いい感じだね」
戦い終えて、モユはそう言った。
「はい! 僕ら三人が止めて、その間にレインさんが攻撃する作戦は完璧ですね!」
アルが言ったダンジョンでの戦い方は、モユが提案したことだった。
戦力的に劣る三人が注意をひきつけ、俺が高火力を叩き続ける。今日潜った低ランクダンジョンでは十分に機能していて、危なげなく戦闘を終えられた。
「レインくん的には、今日のボクたちはどうだった?」
モユがそんな意見を求めてきたのは、明らかに俺の実力が上だと今日でわかったからだろう。
「うーん、予想通りかな」
事前に、モユとエルは、大貴族の子として、教育の一環としてダンジョンに潜る経験があり、アルもフランに連れられて入学に向けてダンジョンに潜った経験があると聞いていた。
だから、ゲームと異なる感じになるかと思ったが、そうではなかった。
最初のイベントのこの時点で、モユのレベルは低く、主人公のアルに至っては初期レベル。この低ランクダンジョンのモンスター相手に、分相応の戦いをしていたように思う。
唯一エルだけは楽楽勝していたけれど、まあそれも予想の域は出ていない。
「……むっ」
エルに睨まれてしまう。予想通りと言われたのが悔しいのだろう。
だが言い返してはこなかったので視線を逸らして無視をした。
「そっか。じゃあ、ボクのプラン通り、明日からは上のダンジョンに挑めそうかな?」
「うん、大量の回復アイテムがあるし、無理じゃないと思う」
「まあレインくんがボクらを守ってくれるし大丈夫か」
「いや、自分の身は自分で守る気でいてよ」
「そんな。レインくんはボクを見捨てるんだ……そ、そうだよね」
悲しい顔をしたモユを慌ててフォローする。
「い、いや、勿論守るって」
「本当……?」
「本当、本当!」
「一生守ってくれる……?」
「一生まも……りません」
「ちぇ」
危ない。嵌められて言質をとられるところだった。
「じゃ、まあ帰ろうか。明日からが本番だし」
そう言って帰ろうと転送陣に向かったモユを引き止める。
「ああ、待ってモユ」
「ん? どうかしたかい?」
「あそこだけ、壁の色が違わないか」
俺は指差してそう言った。
「本当だ、微妙に違う! よく気づきましたね、レインさん!」
アルに褒められて気を良くするが、ただの原作知識だ。
ここのダンジョンには隠し扉があり、そこに宝箱があることは知っていた。
「うん、ちょっと行ってくるよ」
色の違う壁に手を伸ばせば、何の感触もなく突き通る。ゲーム通り幻影の壁だったようなので、俺はその壁の中を通っていく。
とられてなければ、あるはずだけれど。
このゲームのダンジョンの宝箱は、二種類に分けられる。定期的にリポップするものと、一度しか手に入らないものの二つだ。俺の与一の弓や、このダンジョンのアイテム、それに目的の魔導書の宝箱なんかは後者に分類される。
「あった」
幻影の壁を抜けた先の小部屋には、宝箱が一個配置されていた。開いてみると、ゲーム通り、中にアイテムがあったのでそれを持ち帰り、皆のところに戻る。
「レインさん、何かありました?」
「ほい」
と俺はアルの手にアイテムを握らせる。
「何これ、ひゃあ!?」
アルは、紐みたいな下着、このダンジョンのネタアイテム『えっちな下着』を見て顔を真っ赤に染めた。
「俺は使わないから、アルにあげるよ」
「ぼ、僕も使いませんよ!? い、要りません、こんなの!」
「アル。来るべき時に持ってないと、恥ずかしいことになるよ?」
「そ、そうなんですか? え、じゃ、じゃあ、ありがたく貰っておきます……って、何ですか!? 僕は男ですよ! 来るべき時なんてないです!」
とか言っておきながら、アルは大切にバッグにしまった。
それから、ダンジョンを出て、学園へと戻る。
「ごめんね、皆、ボクちょっとこれから用事があるから先に帰ってて」
「あぁ、新都の商会と食事会だったか」
エルがそう言うと、モユは頷いた。
「そうそ、新しい企画についてのアドバイスを欲しがられてね。学園のことも大事だけど、選挙に向けての活動も大事だから、サボるわけにはいかないんだよ。じゃあ、また明日ね」
とモユが去っていったので、俺たちは三人になる。
「モユさん、忙しそうですね」
「そりゃそうだろ。俺たちとは違って雲の上の人なんだから」
そう言った時、エルが悔しげに唇を噛んだのが見えた。
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