第13話


 学食で、もきゅもきゅと焼き立てのパンを食べる。


 ガラスの窓から夕日が差し込む時間であっても、焼き立ての美味しいパンが用意されているのは、この学園の利点の一つだろう。


 これで初日は終わり。初日にして朝立てた目標も二つ達成。


 修正力の有無はまだ確認できていないけど、上出来と言っていい成果だ。


 まあ肝心の修正力が確認されたら、二つとも無駄だけど。


 なにはともあれ、修正力はないものとして、アルのハーレムルート入りに邁進しなければならない。


 アルのハーレムルートに入る条件。それは各ヒロインが苦手とする月末課題で、全て1位を取ること。


 このゲーム、完全ノベルゲーではない。学園から与えられる月末課題、それを成功させて支持者を増やすのが共通ルート。その月末課題のトップをとるために、ダンジョンに潜ってレベルを上げたり、クエストをこなしてアイテムを手に入れたり、商売でお金を増やしたりするのだ。


 ただそれは来週からのお話。


 今週は、明日にある残り二人との出会いイベントだ。


 いくら道から外れないとはいえ、モユのときみたく悪印象を残さないようにしなければいけない。何きっかけで、道が外れるかわからないのだ。アルが各ヒロインに惹かれていれば、もし物語から外れても、ハーレムを作る選択をしてくれるかもしれない。


 なら、アルに見捨てたことを謝って、モユのフォローでもしにいくか。


 そう思って、パンを飲み込む。


 食器を水洗場にいるおばちゃんに渡して、食堂を出ると、アルとぱたりと出会った。


「あ、ちょうど良かった、アル」


「レインさんのことなんて知りません」


 ぷいっ、と顔を背けたアル。当然というべきか、ご機嫌斜めのご様子。


「ごめんってアル」


「見捨てられたあと、散々いじられて大変だったんですよ」


 いじられて、ってことは、からかわれてってことか。ならば、出会いイベントを無事消化したのだろう。


「それは良かった」


「どうしてそんな感想になるんですか? 人の心あります?」


 アルが唇を尖らせてしまった。


 誤魔化しにかかろう。


「いや、いいことだ。アルがどういう目的を持って、この学園に入ったかは知らない。だけど、モユ・サドラーという大人物と関わりを持てたのは、この学園に入ったからこそだろう?」


「え? まあ、それはそうですけど」


「なら、学園に入ってそうそうに成果をあげたことになる」


「ええ、成果になるんですか、これ?」


「モユと関わりたい人なんて、この世に何千何万人といるんだぞ?」


「でも、こんな形で関わりたい人は何人……」


「いんや。あの美少女だぞ? からかわれたいっていう気持ち、アルも男なんだからわかるだろ?」


「わかりませんし」


 ぷくっと、アルが膨れた。どうやらこっち方面ではダメらしい。


「兎にも角にも、アルはモユという大人物と接触中、成果をあげている最中。そこに俺が分け入るなんて、無粋もいいとこだろ?」


「うーん、理解はできます。僕は分け入って欲しかったけど」


「だろ?」


「まあ」


「だから俺は悪くない」


「……まあ、そうかもです」


 渋々といった感じでアルは頷いた。


 アルは押しに弱いなぁ。このままモユのフォローもしよう。


「モユも悪くなくて可愛い」


「……まあ、そうかもです。よくわかりませんけど」


 なんか行けたわ。本当、押しに弱いな。


 ただこのままだと可哀想なので、何か別のことでご機嫌をとることにする。


「そうだ、アル。俺の部屋においで」


「え、ええ!? な、何でですか!?」


 そんな驚くことか?


 とは思いながらも、俺は答える。


「本を何でも一冊あげるよ。持たされたやつが嵩張っててね」


 この学園にくるのに、勉強用としてカレンに用意された本が数十冊ある。俺はすでに目は通してあるので、あげても問題ない。


「そ、そうですか。でも、悪いですよ」


 そう言っておきながら、アルの目はキラキラしている。


 アルが勉強家なのはゲームで知っていたので、本で喜ぶのはわかっていた。


「いいの、いいの。お詫びだと思ってくれ」


「で、でしたら……いただいても?」


「いいよ。ただ復唱はしてね。レインは悪くない、モユは可愛い、はい」


「レインは悪くない、モユは可愛い。あの、これ、何の意味が……」


「気にしないでくれ。じゃあ部屋で待ってるから」


「あ、待ってください」


 帰ろうとしていたが、アルに待ったをかけられて足を止める。


「どうかした?」


「あの、今からお伺いしてもいいですか?」


「いいけど。どうして?」


「早く本が見たいのと、暗くなってから訪ねるのは、その、あれですし」


 よくわからないけど、まあいいや。


「わかった。じゃあ行こうか」


「はい!」


 アルと二人で俺の部屋へと向かう。


 寮に入り、俺の部屋がある廊下に出た時、見覚えのある赤髪が目に入った。


 まずい。出会いイベントは今じゃない。今、出会わせるわけにはいかない。


 俺はアルの腕を掴んで、引き返した。


「い、いきなり、どうしたんですか?」


「ごめん、アル。また今度」


「ええ!?」


 俺はアルを置いて走り出し、俺の部屋の前にいたローレルの腕を掴む。そして、万一にでもアルと出会わないよう、部屋の中に引っ張り込んだ。


 ドアを閉めると、安堵の息をつく。


 危ない、出会わせるところだった。


「お兄様」


「ああうん、どうしたの部屋の前にい……て」


 ローレルの顔を見て、言葉が詰まる。熱っぽい表情で、獲物を前にして舌舐めずりする肉食獣の目でこちらを見ていた。


「お話をしようと思っていたのだが、部屋に連れ込まれたということは、そういうことだよな、お兄様?」


 ひぃ、と声が出そうになるのを我慢する。


「ち、違うって」


「嬉しい、お兄様から誘ってくれるなんて」


「何にも誘ってなんかないんだけど……わっ」


 ハグに似たタックルを喰らって、ベッドの上に転がされ、そのまま腰の上に乗られる。


 俺を見下ろすローレルの顔は熱っぽく、すっかりメスの顔。


 ローレルが艶かしい潤んだ赤い唇を、ちろり、と舌で舐めて、俺は、ぶるり、と震えた。


「まさかキスしようなんて思ってないよな?」


「するが?」


「いや、流石にまずいって。もう、子供じゃないんだし」


「するが?」


「ちょっとお兄ちゃん、怖いなぁ」


「するが?」


 もはや何を言っても無駄なことを悟った。

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