第12話
教室の中は気まずい沈黙が支配している。外にいる俺ですら、すごく気まずい。
「あ、あの……」
「何?」
「よ、喜びくるくるダンス……」
「次にその言葉を口にしたら殺す」
「ひっ」
こっちまで声を出してしまいそうな冷たい口調。だけどモユの顔は真っ赤に染まっていて、羞恥心を必死に堪えているのは目に明らかだった。
「君、名前は?」
「あ、アルです」
「朝見た顔だ、同じクラスだよね?」
「は、はい」
「ボクのことは知ってるかな?」
「知ってます、も、モユ様ですよね?」
「そう、元首候補のモユ・サドラー。評判のため、決して、喜びくるくるダンスを見られてはいけない人間」
アルの、ごくり、と唾を飲み込んだ音が聞こえた。
「わかってるよね?」
「は、はい。喜びくるくるダンスを踊ってたことは言いま……」
「ねえ? 口にしたら殺す、って言ったよね?」
「ごめんなさい!! 許してください!!」
不憫なアルを見ていると、俺も見たことは言うまい、と心に誓う。そして、こっからどうしたら、ハーレムに入れたくなるんだ、と考える。
……無理。一旦、目を背けて、情報を整理しよう。
目を閉じて現実逃避。視覚聴覚を遮断し、思考の海に沈んでいく。
「いや、許せないね。君には、この学園を退学してもらうことにするよ」
「ええ!? い、嫌です!」
内容はどうあれ、アルとモユは出会った。これは修正力が存在すると見ていい。
だけど、俺との記憶があるという事実に目を向けると、別の仮説が浮かんだ。それは、修正力の介入なしでも物語の筋書きから逸れていない、という説だ。
物語の筋書きをこれから辿る未来として、ある一本の道とする。そこを歩く人間が横にそれたり、立ち止まったり、道から外れたのを元の道に戻す力が修正力。修正力は目的が達成されると見逃す、という面から見て、道を進んでいる以上、多少、ふらふらしたりするのは許容範囲内で、物語の筋書きを辿っていく。
「嫌かもしれない。だけど仕方ないんだ、見られたからには生かしておけないよ」
「そ、そんな大したことないじゃないですか! 何があったか知りませんけど、浮かれて踊るくらい……」
「ボクがなにしたって?」
「ひぃい」
つまり、だ。修正力の介入がなくても道を外れていないため、今は物語通りに進んでいる。だからアルが忘れ物をして教室に来るのも、モユが寛ぎに教室に来るのも当然と言っていい。
「まあ冗談だよ、ボクだって流石に無理は言わないさ」
「よかったぁ、ほ」
「いくらで、退学してくれる?」
「え、ええ!? お金では退学しませんよ!」
仮にこの説を信じるならば、今朝目標を立てた二つが、早速達成できたことになる。
まず、修正力なしで物語通りに進むかを確認すること。それは仮説の通りなら、道から外れない限り、物語通りに進むとわかった。
つづいて今後の学生生活に支障がないようヒロインたちと普通に過ごせる関係を築くこと。それは、不本意だが、俺がトロフィーとなることによって、ヒロインたちは活動にも本気で取り組まなければいけないため、俺にかまけて支障が出ることがなくなり、道を外れることはなくなる。
あとは肝心の修正力の確認だな。
「金は望まない、と?」
「はい。僕は学園に夢を見つけにきたんです、お金じゃ動きません」
「そうかい、ならお望みどおり、長い夢を見させてあげるよ」
「怖いですよ! 何するつもりですか!?」
あくまでこれらは修正力の存在がない場合の話。
アルとモユが修正力でこの教室にきたというなら、長々と考えていたことは間違いで無駄だ。
修正力が消えたという、何かヒントとなる事実があればなあ。
「ちょっとの間、眠ってもらうだけだよ。昔いた悪いやつの裏に薬に詳しい人たちがいてね」
「怖いです」
「ほんの数年だけど?」
「やっぱり怖いです!」
ま、あるにせよないにせよ、今はないとして行動すべき。勿論、修正力の存在を疑いながらだが、なかった時に備えてハーレムルートに行くための行動はとらなければならない。
「わかったよ、じゃあ君が言われたら不味い秘密をボクに教えてよ」
「な、なんでですか?」
「君が暴露したら、暴露するから」
「無理です!! 教えられません!」
「はあ。そうなら仕方ない。こっちも本気出して、一国の代表の権限フルに使って、君を追い詰めなければいけない」
「う、うぅ。たまたま目にしちゃっただけなのに……」
でもどうしよう。物語の筋書きをなぞることによって、アルのハーレムエンドとなる。なのに、その筋書きには、悪役のレイン・クウエストが必須なのだ。
俺が悪役として動かない以上、用意されていた道はなく、道から外れ、物語通りに……いや、代わりを作ればいい。俺が修正力になって筋書きをたどらせればいい。
「気の毒に」
「あ、あなたが言わないでください!」
「さあ、秘密をこっそり言って」
「う、うぅ。わかりましたよ、じ、じじじ、じひゅは僕、し、下の毛が……こそこそ」
「……しょうもな、別のでお願いできるかい?」
「なっ!? す、すすす、すっごく恥ずかしかったのに!」
「いや、このモユ・サドラーをたばかることはできないよ。嘘を告げる声色、瞳の揺らぎでわかるんだ」
「う、嘘じゃないです!」
「それはわかる。君の下の毛があれで照れてるのは、真実だろう。だけどもっと秘密があるのはわかってるんだ。あとそれはセクハラだよ。これはこれで君を罪に問わなきゃなんない」
「うぅ、あんまりですよぉ……」
まあまずは、出会いイベントをなんとかしないとだな。アルがモユに惹かれるようにしないと。
「どうしても言えない?」
「は、はい。僕個人の判断で言っていいことじゃないので……」
「あーあー。なら、家族構成から友人まで何から何まで調べ尽くさないとー。そんで圧力かけないとー、いやだなー」
「そ、そんなの、されたら、何もしなくてもバレちゃう……」
「言う気になった?」
「せ、せめて許可をとらせてください!」
「ダメ。君が許可なく言ったという事実。これは抑止力になる」
「そんな……うぅ、わ、わかりました。でも、本当に誰にも言わないでください!」
「勿論、君がボクのことを言わない限りね」
「こそこそ」
「え? 嘘……じゃなさそうだね」
「うぅ、言っちゃった……あ」
さて、そろそろ現実逃避をやめるか。
目を開けて、教室内に目を向ける。すると、涙目のアルと目があった。助けが欲しそうに、目で必死に訴えかけてくる。
「なるほどね。じゃあ君は今日から私と友達だ。色々ゆすると思うけど、友達だからね?」
「や、やですよ。怖いですし」
「もっと怖い目に遭いたい?」
え、何この会話。巻き込まれたくなさすぎる……。
仮説の通りなら、ふらふらしても道さえ外れなければ、物語の筋書きを辿るんだよな。つまり、二人が出会ったという目的が達成されたのだから、道は外れない。それに、悪印象の方が好印象に変わりやすい、という有名な話がある。
アルを見る。きゅーきゅー泣く子犬のような、縋った目を向けてくる。
……うん! どうやら仲良くなれたみたい! これは俺の手なんかいらなそうだな! 大丈夫、多少フラフラしたくらいで、出会いというイベントはこなしてるし、道は逸れていないはず! 俺の助け舟なんかなくとも、二人は仲良し! ハーレムルート爆進中! 良かった〜!
と、自分を騙し、俺は顔を引っ込めて帰路を辿る。
「ああ!? 恨みますからね!!」
「ボクを恨むなんていい度胸してるんだ〜」
「いや、ちがいますって!! ううう!」
聞かなかったことにして、俺は帰寮した。
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