第18話


「今の状況を教えてくださいますか?」


 この前の会議と、同じ部屋、同じメンツ。俺は現状を知るために、即刻召集をかけ、集まってもらった。


「まずは、私から」


 町長が誇らしげに語り出した。


「一区画の住民、全ての移転が完了いたしました」


「ええ!? もう全て!?」


「はい。民たちは、この町の歴史を知り、過去の栄華を取り戻そうとしてくれるレイン様に、感銘を受けたようです。大多数の民が、この町に過去の栄華を、というスローガンに賛同してくださり、快く受け入れてくださりました」


 いや、なに、そのスローガン、知らないんだけど。てか、町の人に歓迎されていたのはそれが理由か。


 まあ何はともあれ、上手く回っているのなら、それでもいいか。だけど、本当に何も問題がなかったのだろうか。


「不満は出なかったのですか?」


 尋ねると、チークが答えた。


「勿論、思うところがある奴もいたっすねえ。だけど、俺と町長の説得、賛同したやつらの説得、あとはまあ集団の空気に圧されてだったりで、最終的には移転に同意してたよ」


「チークさんの言う通りです。それに、ポンドさんが上手くやってくださいまして、人が集まってきたのです。それを見て、現実味がましたのでしょう。渋い反応をしていた方も、今では乗り気になってくださってます」


 ポンドを見ると、鼻の下を指で擦った。


「俺にかかれば、余裕ってもんだよ」


「ありがとうございます。噂は上手く流せたということで、よろしいでしょうか?」


「ああ。元々、レイン様とロレンツォ将軍のことで、目敏い連中は、何かあるんじゃないか、と怪しんでいたんだ。そこに噂を流すのは、簡単だったぜ」


 どうやら移転も人を呼ぶことも、上手くやってくれたらしい。


「集まってきた人たちは今どうしているか、わかる人はいますか?」


 尋ねるとショタコンが、はい!はい! と元気よく手をあげた。


「労働者としてこの街に来た人には、空き家を手配して滞在してもらい、既に、取り壊しの作業に取り掛かってもらってます!」


「もう? 賃金とかを払える目処はついているの?」


「はい! 空き家を買い取る方からの収入、それに幾つかの商会からは既に出資を受けています! あ、勿論、今後の発展を見越した適正な価格で売却してますし、出資も、審査の上、ちゃんとした商会だけから受けるようにしてますよ!」


 この辺のことはカレンとポンドに一任しているとはいえ、別に心配していない。俺よりも、政務を担当しているカレンの方がよっぽど詳しいからだ。


「ありがとう、引き続きお願いします」


「勿論です! あ、ですが、一応、徴税等々の法案だけは確認をお願いいたします」


「もうできたの?」


「はい、こういうのは後出しだと反感をもらいますから。最優先で進めさせていただきました」


 よく見れば、カレンの目の下にうっすらと隈がある。俺のためによく頑張ってくれたのだろう。


 いや、カレンだけではない。皆が、俺の無茶苦茶な計画を、頑張って実行してくれたのだ。おかげで、今までの話を聞く限り、人も金も集まってきているし、順調に進んでいる。


 ありがたいなあ、本当に。


「皆、ありがとうございます」


 自然に頭を下げると、皆はいえいえと首を振った。


「私の方こそレイン様には感謝を。この町に過去の栄華を取り戻そうとしてくださっていること、町の代表として感謝いたします。それに、町長という立場でありながら、この町のために何も出来なかった私に、大切な役割をあたえてくださったことにも感謝いたします」


 と町長。


「俺だってそうさ、燻ってたところに、こんな面白いことに乗せてもらった。あんたが来なかったら、格好良くないままの俺で余生を過ごしていたさ。商人組合の長としても、町の商人の収入を増やしてくれたことには礼をいうぜ」


 とポンド。


「俺だって感謝してるっすよ〜。この町に栄華を取り戻してくれるレイン様を、ちゃんと守れ、ってことで、酒場のつけ、ま〜じタダになったんすから」


 とチーク。


「レイン様、すこ!」


 とカレン。


 後半二人の言葉はともかく、何はともあれ、皆俺に感謝してくれた。俺の無理に嫌嫌したがっているわけではなく、勧んで取り組んでくれている、とわかる。


 こう、なんというか、うるっとくるものがあるな。


「よかったですね、レイン様」


 ロレンツォの言葉に、俺は強く頷いた。


「ああ! これからも皆、よろしく頼む!」


 皆の頷きを見て思った。


 これから先も、きっと、この人たちといい関係のままやっていけるだろう。



 ***


 3ヶ月後。執務室には怒号が響いていた。


「レイン様! ここの場所に出店したいって商人の喧嘩を止めてくれっつっただろ!」


「うっせえ、ポンド! 今手が離せねえんだよ!!」


 書類の山が積まれた机の、僅かに開いたところ、そこにポンドが、どん、と地図を置いてきた。


「手が止まってる時がねえじゃねえか!! ここ! この区画だよ!」


「はああああ!? そこは劇場予定地だろうが!」


「劇場内に売店を作りてえんだとよ!! プレゼンしてえっつってんから、一回、会ってくれよ!!」


 近くの机で書類仕事をしているロレンツォに目を向ける。


「ロレンツォ、いつ空いてる!?」


「たしか、レイン様の空き時間は……そうですね、5日後に30分だけ」


「そんなに待てるか!」


「ロレンツォ、代わりに頼む!」


「無理ですよ!! 私だって、治安維持の警備に、政務で一杯一杯なんですから!!」


 ロレンツォからカレンに目を向ける。


「じゃあカレン!」


「えへへ〜、レイン様の1タッチが八時間睡眠に相当〜」


「カレンは寝ろ!!」


 疲弊したカレンにそう言うと、ドアがバンと開いてチークが入ってきた。


「レ、レイン様〜。町で宿がねえからって、道端で寝てるやつが何人も〜!」


「その人たちは、労働者に貸してる家に入れてくれ!」


「いやそれがもう、空いているところが」


「何人か追加で入居できるよう、説得してくれ!」


「は、はああ!? ただでさえ、人が増えて警吏の仕事が多いのに、無理っすよ!」


「じゃあ町長に頼んでくれ!」


「無理っす! あの人、今日、半月ぶりの休みっすよ!」


「なら、チーク! 何とか頼む!」


「ああもう! わかったすよ! この悪魔!!」


 噂が噂を呼び、予想以上に人が集まった公爵家に、3ヶ月前の和やかさは消え去っていた。

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