第15話


 ローレルは散々吸い付いてきた唇を尖らせた。


「ねえ、お兄様。やっちゃって良いか?」


「……何をやっちゃうかはわからないけど、多分ダメ」


 そう言うと、ローレルは上からどいてくれたものの、心臓のドキドキは収まらない。ストレス的な意味で。


 こ、ここからどうしよう?


 フランには、ローレルがいたこと、されたことをバレないようにしなければならない。平等に扱う、と言った手前、もしローレルとのことがバレたら、不平等だ、私も、と火は移って燃え上がり、やがて灰になる未来しか見えない。


 居留守、か? 適当に追い返すか?


 ローレルを見て、ダメ、だと強く思う。このまま、フランを適当に撒いて部屋に戻っては、再び攻められることだろう。そして今度こそ、壊されてしまう。ギリギリのところで踏みとどまったけど、あのままされたら危なかったのだ。


 なら、答えは一つ。この部屋にローレルを放置して、フランと適当なところに出ていけば良い。それならこの状況から抜け出すことができ、ローレルと会っていたことすらバレない。戸締りだ何だ、と懸念点はあるが、この状況においては、もはや些細な問題だろう。


 実行することに決めた俺は、声を潜めてローレルに告げる。


「ローレル、俺がフランを適当にどこかへ連れていく。その隙に帰るんだ」


「は? 他の女のところに行く、と?」


 目が闇のローレルの恐怖に耐えながら、続きを話す。


「ほら、ここでしたことに気づかれると、よくないだろ?」


「むしろ自慢してメンタル叩き壊したいぞ?」


「いや、それはちょっとやめてほしいかな」


 ローレルは「冗談だ」と言って、外方を向く。


「お兄様は、今日平等に扱うって言ったもんな。私以外にキスさせるわけにはいかないし」


 どうやらわかっていた様子。そういえば、声も潜めていたし、もともとそういうつもりだったのかもしれない。だから、諸々の発言も冗談で、心にもないことであった、と強く願う。


「物分かりのいい義妹を持って、お義兄ちゃんは幸せだよ」


「クズ発言だけど、えへへ〜」


 とローレルがデレたところで、俺は立ち上がり、扉の前まで移動する。そして、中が見えないように少しだけ開けた。


「あ、レイン。遅かったね、いないかと思った」


「ごめんごめん、ちょっと寝てたから」


 いつも通りのキラキラの笑顔のフランに嘘をつきながら部屋を出て、後ろで手で扉を閉める。


「なるほど、それで妙にスッキリした顔なんだ。ね? 変なこと言っていい?」


「何?」


「めちゃくちゃメス臭いんだけど」


 思った倍変なこと言われた。


「それは知らない」


「あははぁ、だよね〜……だよね?」


 急に冷え切った声色に変わったので、ぶるりと震える。


「し、しりません。それより、どうしてフランは来たの?」


 精一杯平静を装って尋ねると、フランは元のキラキラの笑顔にもどった。


「アルにさ、一人でレインの部屋を訪ねるのはあれだから、私も来てって言われて。それで行っていいかの確認」


 あれ、ってなんだよ。俺が何するって言うんだ。そう思いつつ、頷いた。


「いいよ」


「そっかぁ。それと、飯誘いに来たんだけど、やめといたほうがいいよね?」


 気づけば廊下は暗かった。ローレルにキスされていたのは束の間のことだと思ったけれど、思いの外、時間が経っていたらしい。


 というのはさておき。


 これは部屋から離れられて、フランを遠ざけることができるチャンス。逃す手はない。遅い昼食で全く腹が減っていないけど、逃す手はない。


「いや、お誘いありがとう。食べに行こう」


 そう言うと、フランは困ったように苦笑いした。


「え、ええ……と、やめといたほうがいいんじゃない?」


「寝起きだから?」


「え、っと、うん、まあ、そういうことじゃなくて」


「あ、アルと話したから、俺の昼食が遅かったって知ってるか。べつに、全然食べれるけど?」


「う〜ん、そこは別に心配していないというか……」


「うん?」


 もどかしそうなフランに首を傾げる。


 何が言いたいのだろう、とフランの表情を窺うと、目線が下に行っていることに気づいた。


 下? 何もな……くはなかった。


 制服のズボンが膨らんでいる……。


 同級生の女の子に、大きくなってるところを見られ、気遣われた。その事実に、とてつもない羞恥と、プライドを叩き折られたような絶望感が押し寄せてくる。


 メンタルはボロボロで、今すぐベッドの中で咽び泣きたい。だが、それはできない。


「フランはよくわからないこと言うなぁ。さ、食堂に行こう」


 俺は心の中でわんわん泣きながら、気づいていないフリをした。


 いくら羞恥と絶望に襲われ、ベッドの中に逃げ込みたくとも、部屋には戻れないのだ。フランをここから引き離さなければならないのだ。


「い、いや、レインやめといた方がいいと思うよ」


 俺だってやめたい。こんな情けない姿、誰にも見られたくない。今すぐ、帰りたいんだ、ぐす。


「お腹減ったから、食堂に行きます」


「あ、ああ〜その、あの、部屋に戻るって選択肢はない?」


「ない。それだけはない」


「そ、そうかなぁ? それ以外はないと思うんだけどなぁ〜」


「さ、行こう。フラン」


 俺は心で泣きながら、食堂に向けて歩き出す。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってレイン。わかった、説明するから」


 前を遮ったフランに両手首を掴まれてしまう。


「あの、ね? レイン?」


 やだ、聞きたくない。


 けど、気づいているとバレるので、そうは言えない。


「そのぉ〜ね? こう、主張しちゃってるっていうか……」


 フランは目を下にやったあと、顔を上げた。


 その顔は、気まずそうな顔から、熱っぽい顔に変わっていた。


「こう、命令されてる、っていうか。舐めろ、って言われているというか……」


 フランの目がとろけてくる。


「どんな味がするんだろうか、っていうか。どんな、感覚になるんだろうか、っていうか。舐めさせて欲しいなっていうか」


 興奮が煮詰まった表情。


 それを見て、恐怖にしっかり縮んでしまう。


「何言ってるの。ほら食堂行こう」


「いや部屋で……ってあれ?」


 再び視線を落としたフランは首をかしげ、ぽかんとした表情になった。


「行くよ、フラン」


「え、あ、うん」


 それから俺とフランは食堂で食事をしたが、感情が複雑すぎて、飯の味は一切しなかった。

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