第16話
アルに本を渡し、フランがやたらと下半身に視線を送ってきたことに気付かないふりして、散々な1日は終了。
そして今日、ズタボロのメンタルを引きずりながら、早朝から学園の訓練場に来て、アルとローレルの様子を眺めていた。
「ろ、ローレル様は凄いですね」
模擬剣での立ち合いに負けたアルはそう言った
「私なんてまだまだだ。それに、様はやめてくれ。ここは平等を謳う学園で、私たちはただのクラスメイトだろ?」
「……は、はい! そうですね!」
爽やかなローレルを見て、あの子だれぇ? と思いながらも、俺はほっと息をついた。
アルとローレルの出会いイベントは無事完了だ。
着実に物語の筋書きをなぞっていることに安堵しつつも、不安はぬぐいきれない。
ここにも違和感はなし。修正力の存在は確認できず、か。
まあ確認できなかったことは仕方ない。辛抱強く待ち、注意深く観察し続けるほかない。
訓練場からローレルが去り、アル一人になると、俺はローレルの印象を尋ねるべく近づいた。
「おはよう、アル」
「あ、レインさん! 昨日はありがとうございました!」
「気にしないで、要らない本をあげただけだから」
「お優しい言葉ありがとうございます! レインさんも朝から訓練ですか?」
勿論、アルとローレルの出会いイベントを眺めるため。だけどそうは言えないので、言い訳を考える。が、アル相手に真面目に考えるのがバカらしくなったので、てきとーに言う。
「そんな感じで来たけど、やめた」
「ええ……」
微妙な顔になったアルを気にしないことにして、目的のことを尋ねる。
「さっきローレルと一緒にいたよね?」
「あ、見てたんですか?」
「どう? ローレルの印象は?」
「いや、唐突ですね」
「いいから」
「レインさんって、本当に強引ですよね。ま、いいですけど」
唇を尖らせながらも、アルは話してくれるみたい。今度からもこれで行こう。
「素晴らしいお方でしたよ。赤く燃えるような髪も、見惚れるような剣捌きも、騎士のような凛とした物言いも、全てが格好良かったです」
節穴すぎない? とは思うものの、都合がいいので訂正しないでおく。
「そうだねー、ローレルは素敵な女の子だー」
「本当にそう思ってます?」
「アル、人を疑うのはよくないと思う」
「え、ええ……まあそりゃそうですけど」
本当に押しに弱いな、この主人公。自分でやっておきながら、可哀想になってきた。
それはさておき。目的は達成されたので、この場を去ることにする。
「じゃあ、また学園で」
「あ、待ってください」
「ん? どうかした?」
「もう訓練は終わったんで、一緒に朝食に行きませんか?」
良い案かもしれない。一人で食べる予定だったけれど、食堂で一人の友達のいないやつと見られなくて済む。
よく考えれば、俺の人生初の友達はアルなのかもしれない。
そう思うと、目の前のアルが尊く見え、急に距離感が縮まった気がした。
だから、つい男友達っぽいノリをしてしまう。
「やだよ、汗臭い野郎、と一緒にいたくない」
そんな軽い冗談に、アルの顔が真っ赤に染まっていく。
「う、うぅ……」
羞恥に悶えるアルを、慌ててフォローする。
「冗談だって、朝食食べに行こう?」
「や、やです。そ、そのシャワー浴びてきます」
「いや、臭くないって。嗅いでも平気だから」
「だ、ダメです」
妙に慌てるアルのせいで、こっちまで慌ててしまう。
そして何とか臭くないことを証明しようと近づいてアルの手をとった。
「ひゃっ、何するんですか!?」
そのままアルを引き寄せ、首元に鼻をうずめ匂いを嗅ぐ。
「う、うう……!!」
「ほら、臭くない。何か、むしろ、優しい甘さの香りがする……」
「い、言わないでください!!」
そう叫んだアルの顔はより真っ赤だった。
怒られて冷静になる。いや、俺の行動キモすぎだろ。それに、自分でしておきながら、男にしたことを理解して気分が悪くな……らない。
アルの顔は中性的で可愛い女の子にも見えるし、華奢で女の子にも見える。匂いを嗅ぐなんて行動ができたのも、気分が悪くならないのもそのせいだろう。
「もう、僕、お風呂入ってきます」
「あ、じゃあ、大浴場行こう。今なら、誰もいないだろうし」
「だ、ダメです!」
アルは俺の手を振り解いてとてとてと走っていってしまった。
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