第83話
前日準備。
「三種のステーキの焼き方なんですが……」
真剣にアルの話を聞くシェフ達を見て、次の目的地に向かう。
***
「わかりました、夕方までには玉ねぎ、キノコ、何とか用意してみせます。ワインは既にありますので、お持ち帰りください」
荷馬車にワインが積み終わるのを見届けて、次の目的地に向かう。
***
「問題ねえですぜ。もう作業は終わりだ、何十人乗ろうが大丈夫だ」
広場のお立ち台、会場の設営の様子を見て、次の目的地に向かう。
***
「警備体制は万全であります。フラン王女のため、と列整備から何から何まで、一所懸命に働くものばかりです。ご安心ください」
会場に配備する兵士と打ち合わせをして、次の目的地に向かう。
***
次の目的地に。
次の目的地に。
次の目的地に。
そして最後に訪れたのは、火薬職人のテオロのもとだった。
西の外れのぽつんとした家の中、明日振舞う予定のステーキを食したテオロの顔は、驚きと感動に満ち溢れていた。
「凄え……。この肉が、これらになんのかよ。美味すぎて、なんだ、あー言葉がでねえ」
テオロはポツりと呟いた。
「まるで、魔法みたいだ」
俺とフランはグッと拳を握る。その反応を見たのか、テオロは強く頷いた。
「これなら、いける。科学で魔法みたいなことを成し遂げたんだ。きっと科学の有用性に気付いてくれる」
テオロは、あとは俺の方か、と続けた。
「花火の件だが、無事100発ほど準備できたぜ」
前日準備最後。花火の打ち合わせが始まったので、気を引き締める。
「ありがとうございます。それで時間についての打ち合わせなんですが、19時40分開始でよろしくお願いします」
「わかった。時間変更の時は連絡をよこしてくれ。ただし、遅くは出来ても早くはできねえからな。んで場所についてだが以前言った通りだ」
テオロは打ち上げ場所をかいた地図を渡してくれる。
それを受け取って、問題がないことを確認すると、俺はフランに言った。
「大丈夫。ここで問題ない」
フランはテオロさんに顔を向けた。
「では、明日、予定通りにお願いいたします」
「ああ。こっちこそ」
テオロは深々と頭を下げる。そして顔を上げると、ところで、と尋ねてきた。
「今から時間はあるかい?」
「もう前日準備はこれで終わりなので、時間はありますけど。フランは?」
「私も大丈夫。明日何するかまではバレてないけど、肉を振る舞って市民の慰労をするってことはバレてるから、その打ち合わせとか言えばいいし」
テオロは、なら、と言った。
「花火を一発見ていってくれねえか?」
「花火を?」
「ああ。試射がてらにな」
フランが俺の顔を窺ってきたので答える。
「いいと思う。当日、知らないことが起きるよりは、心の準備ができるし。イレギュラーがあってもわかるようになるし」
「そうだね。お願いします」
よしきた、とテオロは立ち上がる。そして俺とフランを案内し、川辺に座らせた。
「それじゃあ、少し待っててくれ」
テオロが何処かへ行って見えなくなる。
もはや辺りは暗く、完全に夜。
川辺の風は少し冷たくて、フランと肩を寄せる。伝わる熱は優しくて心地いいけれど、どこかそわついて落ち着かない。暗くてはっきりしないにも関わらず、顔を見ることが気恥ずかしくて夜空を仰いだ。
ささやかな虫の声と穏やかな川のせせらぎ。そんな音より小さな、息遣いや心臓の音なんかが耳によく入ってくる。
しばらくすると、二人溶け合っているような気分になって、今度は落ち着き過ぎているような感覚を得る。
「あー、ねえさ、ラーイ?」
「何?」
「もうさ、準備は終わったんだよね」
「うん、あとは明日本番を迎えるだけ」
「そっか……そっか、終わったんだ」
「そうだね」
「一瞬だったなあ。凄く、凄く、動いた」
「頑張ったよ、皆」
「うん……。出来るかどうかもわからないのに必死になって」
「無理難題だった。正直無茶だった」
「だよね」
「でも出来た。何とか出来た」
訪れた無言。
静かな中、ひゅるひゅる、という音と共に光の線がうろうろと歩いていき。
そして、弾けた。
心を鷲掴みにするような美しい花が夜空に咲く。遅れてきた体の中に響き渡る音に、完全に心を奪い去られ虜にされる。
軌跡を描いて落ちていく火と共に、フランから声が涙が溢れる。
「あ、あ、あ……」
声にならない声をあげるフラン。
「怖かった……。本当は怖かった」
背中を撫でると、涙が堰を切って流れ出す。
「怖くて仕方なかった。失敗して何もかも失うのは怖かった。料理が出来るかわからなくて怖くて仕方なかった。花火みたいなことがないんじゃなくて怖くて仕方なかった。私のしたいことに協力してくれる人なんていないんじゃないかって怖かった。アルやネコルやラーイ倒れてしまわないか怖くて怖くて、怖かったよぉ。うまくいかなくて期待を裏切ることが——」
フランは嗚咽まじりの声で秘めていた恐怖を吐き出し続ける。
それを俺は、ただ寄り添って聞いていた。
言葉も尽きて、ただ泣き続けて、涙が枯れて少しして。
フランはまた言葉を吐いた。
「ありがとう、ラーイ。ずっと支えてくれて」
「フランが頑張っただけだよ。俺は何もしてあげられてないし」
それに、と続ける。
「まだ終わってないよ」
「……そうだね。ね、あのさ」
「何?」
「明日上手くいって、終わったらさ。私の話、聞いてくれる?」
覗き込んできたフランの顔は、花火なんか比べものにならないくらい綺麗で。
俺は視界から外すように頷いた。
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