第32話

 ローレルが来てから、あっという間に約1ヶ月。


 その間、これといったことはなく、しいてあげるならモユがことあるごとにハグしようとして来たくらい。あまりよい記憶ではないので、やはり、何もなかったということにする。


「モユ様、膨れてましたね。どうせ王都に行くならボクも連れて行ってくれてもいいじゃないか、って」


 王城に向かう道中、ロレンツォがそんなことを言った。


「いやまあ、連れてけないだろ。連れて行きたくないとかではなく」


「その真偽は確かめようがありませんが、連れて行かない、というのは正しい判断かもしれませんね」


「まあなあ。功績を立て続けているロレンツォの扱いがどうなるかわからないからな。声がデカくなるのを嫌がる王道派、もしかしたら軍閥からもいい顔されないかもしれないし」


「ミレニアの発展により、レイン様は王子で大貴族。妬み嫉みでレイン様がどのような扱いをうけるかわかりませんしね」


「ロレンツォは、悪く言えば無断で、モジュー家という国外の貴族を支援してるし、国内の支援を欲している貴族には恨まれてるかもしれないしな」


「レイン様は、王子という立場にかかわらず、国外の大貴族と無断で縁を持ちましたからね。反乱とは言うまでも、あらぬ疑いをかけられてもおかしくないですし」


「お互いに嫌なこと思い出させるのは、もうやめよう。ちょっと視界がぼやけてきた」


「そうしましょう。気が重すぎて、流れる雲をおっかける子供に返りたくなってきましたし」


 ため息をついたロレンツォにつられて、俺もため息をつく。


 ロレンツォの言ったことだけでも気が重いのだけど、悩み事はそれだけではない。


 元首候補の問題もあるんだよなあ。


 今回の誕生日会の開催意図、それは単純に国内外にローレルが元首候補であるとしらしめることだ。


 どうしてそれがわかるかというと、開催時期と規模である。


 成人でもなく、何かの節目でもなく、ただの9歳の誕生日を祝うにしては、あまりに大掛かりすぎる。他国から来賓を招く、しかも王族まで招くのは流石にやりすぎだ。


 そして、何故、この時期に開催せざるを得なくなったか、それは主に俺が原因。国民、国内の貴族の一部から、功績を続けて立てた俺を元首候補に、という声が上がっているらしく、その声が大きくなって揉めに揉める前に、元首候補はローレルだ、ということを早急にしらしめる必要があるのだ。


 まあそれでも内輪揉めすることは予想されるので、選挙までに意思の統一を果たすには、揉めるにしても早いほうがいいっていうのが、本当のところなのかもしれない。


 とまあ、そういう事情があり、付随する元首候補の問題が存在する。


 俺を推したい人は、当然このパーティーが失敗に終わるよう動くわけで、俺が元首候補になるように仕向けてくるわけで。それに対して、元首候補に近づくことを嫌う、つまりはストーリーに関わることを嫌う俺は、パーティーが失敗しないように、俺が元首候補になる気がない、とアピールしなければならないわけだ。


 はあ、シリルのことだけで一杯一杯だというのに、やめてほしい。


「はあああああ」


「ちょい長ため息ですね」


「ちょい長って何だよ、あー、元首候補のあれこれ考えると気が重いなぁ」


 そう言うと、ロレンツォは、ふと気付いたように声をあげた。


「レイン様はどうして元首になりたくないのですか?」


 どうしてって、ストーリーに関わりたくないからだけど、というか、それをなしにしても。


「そりゃ嫌だろ、めんどそうだし。ロレンツォは、何でそんなこと聞いてきたんだよ」


「いえ、レイン様は元首候補として教育を受けて来ましたよね?」


「うん、まあ城を出るまでだけど」


「でしたら、それなりに思い入れはあるのでは?」


 思い入れ、か。


 うん。


「全くない」


「清々しいですね」


 ゲームの知識を得る前も、何が何でも元首になりたい、って思いはなかった。


 あれ? そう考えると、どうして俺はゲームで元首になりたかったんだ?


「あ、王城が見えましたよ」


「ほんとだ」


 まあゲームとは違い、元首になりたくないのだから、それでいっか。深く考える必要もないだろう。


 それより、今はこれからのことを考えないと。


「はっ、レイン様、ロレンツォ様、お待ちしており……お、お二人ですか!? 護衛は!? しかも歩きで!?」


 跳ね橋を守る兵士に驚かれ、俺とロレンツォは微妙な顔をする。


「し、失礼いたしました! ご来訪をお伝えし、至急案内のものを呼びますので、暫しお待ちを!」


 去っていく兵士の背中を見ながら話しかける。


「やっぱり国を代表する王子と将軍の二人旅っておかしいと思う」


「今度からは大勢連れて移動します?」


「いや、めんどくさい」


「ですよね」


 そんなどこか悲しい会話をしているうちに、兵士が人を連れて戻って来た。


「お待ちしておりました、レイン様、ロレンツォ殿。王がお呼びですので、王座の間へご案内いたします」


 俺とロレンツォはまた微妙な顔をした。






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