第55話

 雨音だけが聞こえる暗い部屋。目を閉じて、さらに暗く静かな世界に落ちる。


 シリルに何かするべきか?


 いや、彼女には助けが待っていて、いずれ救われる。


 恩をもっと売っておかなければならないか?


 飢饉を未然に防いだことは、小さなことではない。数え切れないくらい多くの命を救ったのだから、十分に恩を売っている。


 シリルがこうなったのは俺が原因。だから手を差し伸べないといけないか? 


 俺がしたのは他と変わらない王子扱い。シリルからしてみれば、女の子として扱って貰えず、他と同じ王子様として見られたことで、王子様であろうと決めたのかもしれない。

 だが、それは問題ではない。責務を果たそうと無理をしたのは、周囲からのプレッシャーだ。俺が女の子扱いしていようと、シリルが今の状況に陥ることは変わらない。責がないのに、責があると主張するのは恥ずべきことで、あまりに無礼すぎる。


 手助けすることで俺に利益があるか?


 ない。ただ無駄に、ストーリーと関わるリスクがあるだけだ。


 そもそも助けを出すにしても良い方法があるのか?


 ない。結局、遠くに離れるので、慰め程度のことしかできない。


 シリルの助けになるようなことをする、そのための理由はあるか?


 ない。


 ない。


 なにもない。


 ここでシリルに何かすることは愚かだ。あまりに愚かすぎる。


「はあ……」


 大きくため息をついたとき、ノックの音が鳴って扉が開く。


「レイン様、ザート様の件、承諾してくださいました」


「ちょうどよかった、ロレンツォ。明日の夜、頼みがある」





 ***





 暗い廊下をまっすぐ歩き、部屋の前にたどりつく。


 ノックのためにあげた手。皮肉にも、前回と違って下がりそうもない。


 こん、こん、と二度叩くと、扉が開く。


「え……どうして?」


 目を丸くするシリルに俺は告げる。


「君を攫いにきた」

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