第6話
馬鹿高い城みたいな校舎を見上げると、澄んだ空色が目に入る。冷たい空気が肺に入ってくるのが爽快で、心が自然と安らぐ。だけど、ワクワクが抑えきれない入学式に相応しい、爽やかな朝。
とは思わない。何その感情、憂鬱でしかないんだけど。
現時刻、朝7時。ため息をつきながら、誰もいない校舎に足を踏み入れる。
夕方から寝て深夜起きで身なりを整えて、学食とは別のカフェテリアに長時間滞在し、今後やることをまとめてきた。
まず、修正力の存在の確認。続いて、今後の学生生活に支障ができないよう、ヒロインたちと普通に過ごせる関係を築く。そして物語通りにことが進むかを確認する。その三つだ。
無理だろ……。
と嘆きたくなる気持ちはグッと抑える。
アルのハーレム計画を進めるためには、この三つが必要なのだ。
一つ目は言わずもがな。記憶があるからといって、ないと判断するのは時期尚早。修正力が存在すると、俺が何もせずとも濡れ衣を着せられて、悪役に仕立てられて、そこで終わり。身の安全のために、アルのハーレムルートなんか無視して、即刻帰国などの手を打つ必要があるので、あるかないかは確実にしておきたい。
二つ目と三つ目について。修正力がないと気づいた段階で、アルのハーレムルートに移る必要があり、そのためには物語のイベントをこなさなければならない。
ということを踏まえて、二つ目。物語ヒロインたちが俺にかまけているのなら、物語通りにことが進まないので、嫌われない程度の関係を構築する必要がある。
最後、三つ目。修正力がなくなって物語通りに進まないのなら、俺自身が修正力となる必要があるので、その辺の確認が必須だ。
ま、この三つだけれど、一つ目以外の期限は次のイベントが始まる一週間後まで。
ちなみに、朝早く登校しているのは全く関係ない。ただ単に、寮内でのエンカウントを恐れただけ。やっぱりこわい。
「でも、いつまでもそう言ってらなれないよな」
教室の前で、ぽつりとこぼす。
クラス分けは、ゲーム通り全員同じクラス。エンカウントは必須なのだ。
ため息一つついて、気持ちを切り替える。
まあ仲良くやれるよう頑張ろう。考えすぎって面もあるしな。
数年、音沙汰なし。ならば、冷めてて当然なのだ。
楽観的になると、俺は教室の扉を開いた。
「え?」
誰もいないはずの教室にいたのは、1人の女の子。
雪のような輝く銀髪のショートボブ、サファイヤブルーの瞳は変わらず涼やか。だけど、成長して大人びた顔立ちの美人に変わっている。銀に青、透けるような白の肌に、ピンクの唇はよく映えている。そのせいで、すっとした唇の潤みに目が行ってどきりとしてしまう。
身体も成長して、ささやかだった胸は制服のシャツを少し押し上げている。スカートから伸びる足はすらっとしていて、綺麗と、嘆息してしまいそうなほど。
女性的魅力に満ち溢れているが、それでもキラキラした王子様感の方が強く成長している。机に肘ついて窓の外を眺める姿に、窓を開けたら綺麗な小鳥が飛んできてしまう、と謎の危機感を覚えるくらい。そのクールな顔をこちらに向けたあと、ごきげんよう、とでも微笑めば、女の子は胸を抑えて倒れるだろう。
「あ、誰か来たの……レ、レレレレレ、レインくん!?」
ひゃあ、と声をあげて椅子から転げ落ちたシリルを見て、急に冷めた。
「大丈夫?」
手を差し伸ばすと、ありがとう、と手を取られる。が、シリルはカエルのおもちゃを摑まされた時のように、慌てて手を離して転んだ。
「な、何すんだよぉ、殺す気かい!?」
「いや、離したのはシリルじゃん」
「そうじゃないよ! ドキドキ死だよぉ!」
俺もそれ聞いて心臓が止まりそう。アルのハーレムメンバーにしようとしていることが知れたら、と思って心臓が止まりそう。
「う、うぅ。レイン君と会う心構えのために、せっかく朝早くきたのにぃ」
ぺたん、と女の子座りしたシリルに、潤んだ目で睨まれる。何だか申し訳ない。
「ごめん」
悪くないけど、謝っておく。
「こっちが十割悪いけど、謝ってくれるなら受け取っとく……」
すごい損した気分。
「あ。じゃ、じゃあさ……転んで髪にゴミついちゃったから、とってくれないかな?」
すごくすごく損した気分。適当に断ろう。
「もうシリルは子供じゃないんだ、男が女の子にそんなことできないだろ」
「お、おおお、女の子!?」
「え、まだ、ダメなの?」
「だ、ダメに決まってるじゃないか! レインくんと離れて女の子扱いしてくれる人いなくなっちゃったんだよ! でも、レインくんがあの時励ましてくれたおかげで何とか耐えて、だけどレインくんに女の子扱いして欲しい気持ちは膨らんで、膨らんで、今されて! もう、破裂しちゃいそうなんだよ! 私を女の子にするなよぉ!」
「わかったしない」
「やだ! して!」
「女心むず」
「そんなこと言わないで! 私がレインくんの女なんだって自覚しちゃう!」
女心難しい、って言われて、そう返す人間を初めて見た。
それに事実言葉の通りで、涼やかなサファイヤブルーが、とろとろのメスの目に変わってきている。
何とかしないといけないけれど、どうすればいいか全くわからない。
「も、もうダメ。髪触ってくれないとおかしくなっちゃいそう。お願いレインくん、手櫛して」
「ええ……」
「だ、ダメ? 私、このままだと、皆の前で王子様でいられなくなっちゃう」
それは困る。シリルには、シリル・デインヒルであり続けてもらわないと、物語通りに進まない。
泣く泣く俺は、へたりこむシリルに近づく。
そのまま屈んで、シリルの髪に手を入れた。
「あ、ん」
指を撫でる柔らかい髪の感触。そして弾ける女の子の香り。
「ん、はぁ」
変な声まで上げるものだから、心臓がうるさくなってしまう。
「やっぱり、レインくん……だ。すごく、気持ちいい」
赤い顔で微笑むシリルに、こっちまで息苦しくなってきた。
手を動かすことができなくなると、シリルが俺の手に頭をのっけてきた。
どうしたの? という、顔のシリルに、しばらく目を奪われていた。
そのせいで、背後の足音に気づかなかった。
「もしかして、ラーイ? ……ラーイ? 何してるのかな?」
振り向くと、フランが冷たい笑顔を浮かべていた。
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