第46話
——残り六日。
研究室の中は失敗した魔法陣が描かれた紙が散乱している。
点を打った紙を重ねて電球で作るイルミネーションみたいに立体の魔法陣を描こうとしたが全て失敗に終わっていた。
「うーん、接点がない方がいいと思ってたけど、それじゃあ魔法が発動しないですね」
「そうだね。やっぱり水路が途切れたら水が流れないように、魔力が流れないから厳しそう」
「じゃあ接点をつくって立体にしてみようか」
「よし。そうと決まればアルくん。方程式を立ててどこに点を打てば良いか教えて」
「えー、僕ですかあ?」
「大丈夫。円柱に内接する球をイメージして三平方使えばそう難しくないよ」
「そこまで言うならモユさんがやってくださいよ」
「別に良いけど、アルくんらしくないね。勉強好きなのに」
「はっ。今、睡眠不足でレインさんが移ってました。モユさん気づかせてくれてありがとうございます!」
「おい、アル〜?」
「す、すいません。レインさんも怠け者ではないですもんね」
「いや俺は怠け者だよ」
「じゃあ何でジト目を向けてきたんですか!?」
「アルが可愛いから」
「な、何ですかそれ!!」
「レインくん?」
「すみません」
***
——残り五日。
ポーションが入っていた空き瓶がそこら中に転がっている。
「少し仮眠を取るよ。さっレインくん、ボクは抱き枕がないと眠れないんだ」
「はい、どうぞ」
「あるのか〜」
「レインさん! 接点を作って魔力が流れません!」
「そっか、多分、紙の厚さのせいで一つながりになっていないからかもしれない」
「あ、そうかもしれませんね! 早速薄い紙を買ってきます!」
「いや俺が買ってくるよ、アルは休んでて」
「じゃあアルくんが抱き枕ね」
「ええ!?」
***
——残り四日。
さらに研究室はゴミが散乱している。皆、眠気まなこを擦りながら紙にペンを走らせている。
「うぅ、この薄い紙一枚一枚に点を打つ作業果てしないですよぉ」
「寝てズレたら確認も地獄だからアルしっかりね」
「分かってます……レインさん、そろそろ休んでは?」
「大丈夫、シャワーは浴びてる」
「浴びてる時に寝てるんですか? それ危ないですよ!」
「そうだね、それは由々しき事態だ。仕方がないから一緒に入ってボクが洗うよ。泡泡の密着ハグで……って冗談で言ったはいいものの、何それ最高」
「なんてね!!!! ちょっと眠らせてもらうよ!」
***
——残り三日。
満月の夜、だけれど曇っていて月が隠れてしまっていて暗い夜。アルとモユが仮眠している間、俺とエルは学園の中庭に出ていた。
「この立体魔法陣は失敗か」
エルが魔法を発動させようとしたが不発。火魔法のファイアーボールと風魔法のウインドストームとはどうやら組み合わせが悪いみたい。
「そっか。じゃあ次に作った魔導書を検証してみようか」
「なあ。いつまで続けるつもりだ?」
エルが吐き捨てるようにそう言い、失敗作の魔導書の山に目を向けた。
数は十数冊。魔法陣を立体にするために一枚一枚点を打って作ったので、数こそ多くないが労力はかなりのものだった。
「もう残り三日。いや、二日。どの班も制作物は完成している。なのに私たちは何の成果もない。これ以上あてどない努力を続けるより、失敗を前提として傷口を広げない努力をすべきじゃないか?」
「いや、成功は近い。それは杞憂ってものだよ、エル」
俺がそう言うと、エルはギリっと歯を噛み締めた。
「どうしてだ? どうしてお前たちは自信を持っている? 諦めようとしない? ダンジョンに潜り失敗し続け、成果のないまま研究に舵を切っても失敗が続いてる。なのに、どうして言い切れる?」
未だに成果が出ていないのはそう。
だけど手応えは感じている。これまで成してきたことと同じ手応えがある。
だから俺からすれば、飽きちゃうくらいの使いまわした展開のようなもの。詰まるところ、いつものことで慣れっこなのだ。
「まあ慣れてるからとしか言いようがないけど安心しなよ。今はただ成果物が出きていないだけ。むしろ発表日には十分に間に合うほど順調と言える」
「……気に食わないが、ミレニアを興した領主としてみればそう言えるのかもしれん。だがモユも、只の平民のアルも成果が上がると信じて熱が冷めていない。なあ、私がおかしいのか? 私にはどうしても成功を信じることが出来ないのはおかしいのか?」
「いや正常だとは思う。でも、モユは元首候補になるまでに修羅場を潜ってきたからわかると思うし、アルもまあ色々大変な目に合ってきただろうから同じじゃないか? 二人ともひいひい言ってはいるけど、冗談を交わすだけの余裕があるし」
「つまり私の経験不足ということか?」
「何にも包み隠さず言うなら、そうかもしれない。だけど気にする必要はないよ。正常なのはエルの方で、エルが間違いなく正しいから」
実際そう。こんなギリギリの状況では失敗を考えるのが普通の人で、それで十分だ。ここで成否の判断がついて心に余裕があるのは異常でしかない。
ただ敢えて言うならば、元首という人を纏める立場を目指すのならば必須の資質ではある。
「私とモユはもう……いや」
エルは大きく首を振り、口を開いた。
「次の魔導書を貸してくれ」
エルがさしだした手に俺は本命の魔導書を載せる。
「発動しろ」
エルが魔力を流し込むと魔法陣が光り、夜に立体の魔法陣が浮かび上がった。
キラキラとした光の壁が丸い形で顕現する。
「バリアと形状変化の魔法は成功したみたいだな」
「ほ、ほんとうに出来た?」
すぐにバリアは霧散して消え、茫然と立ち尽くすエルのみが残る。彼女の表情は辺りが暗いせいで窺い知ることが出来なかった。
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