第36話


 ダンジョンに潜ってから一週間が過ぎた。


「今日も成果なし、かあ」


 ダンジョン攻略後。壁に背を預けてへたりこんだモユが、ため息をこぼした。


「えーと、あと、10日と少し。本格的にまずいですね」


 暗い雰囲気が漂う。


 俺にとっては案の定だが、モユ達にとってはそうではない。


 この一週間、毎日ダンジョン攻略に挑み続けた。それはかなり辛いもので、モユたちの顔には疲労の色が濃く浮かぶほどだ。


 なのに、その成果は芳しくない。どころか、全くないというのだから、気分が下がるのも当然だろう。


「モユさん。今から研究にシフトしませんか? このままだと、発表するものがないです。単位とかもありますけど、何より……」


 アルは気遣うような目をモユに向けた。


「わかってるよ、アルくん。他候補が合格した課題に発表すらできなかったとなれば、ボクの名声は地に落ちるだろうね。きっと元首候補の枠から外されると思う」


「じゃあ」


「でも、方針は変えないよ。今更研究に舵とってもただ負けるだけ。このままダンジョンの攻略に挑む」


「ですが……」


「まあ、ボクたちも強くなってきたし、これから数打てると思えばまだ可能性はあるよ」


 そっちの方が合理的。今までのアドバンテージを捨ててまで、ディスアドバンテージのある研究には舵をとれない。


「それは難しいですよ、今でも体を酷使してるのに。これからさらに、ってなると、潰れちゃいます」


 アルは不安に顔を歪めた。


 でもまあ、発表する魔法がないのも、これから潜る頻度をあげないといけないのも、無用の悩みだ。


 モユも強くなったし、そろそろいいだろう。目的の魔導書があるダンジョンに行くか。


「明日行くダンジョンは俺に決めさせて欲しい。魔導書があるってダンジョンを噂で聞いたから、そこへ行こう」


「レインさんも、ダンジョン攻略し続けるべきだと思います?」


「まあね。少なくとも噂のあるダンジョンだけは確認したい」


「そうですか。なら、エルさんは?」


「私は研究だ。このまま未提出なんてことになれば、モユの恥になるうえ、元首候補からも……」


 そこまで言って、エルは何かに気づいたかのように意見を変えた。


「いや、ダンジョン攻略にしよう。今までを無駄にしないなら、ダンジョン攻略しかない」


 これで意見は一対三。アルが、わかりました、と頷いてその日は解散となった。



 ***


 寮に帰ると、俺はモユの部屋を訪れた。


「どうしたのかな、レインくん。夜這い?」


「違います」


「お風呂に入ってて良かった。あ、もしかして、一緒に入りたかった?」


 脱ごうとしたモユを慌てて止める。


「本当に、違うって!」


「あはは。冗談だよ。レインくんが嘘ついていないっていうのはわかるからさ」


 カラカラ笑って、モユは尋ねてきた。


「で、ボクに話があるんじゃない? 何かな?」


「あぁうん。エルについて聞きたくてさ」


 そう言うと、モユの目が悲しげになった。


「酷い、他の女の話をボクに語らせるんだぁ……」


「や、そういうことじゃなくてさ。エルってどうしてモユの班に希望したの?」


 そう尋ねると、モユは笑みを浮かべる。その笑みは気まずそうな感じがした。


「私はモユを守りたい。だからモユの班にいたいって言ってたよ」


 モユの目は揺らいでいない。失敗を恐れていたのに意見を変えた反応が気になって聞いてみたけれど、そう言うってことはモユはエルのことを信じているのだろう。


 ならいっか。


「ごめん、変なこと聞いて。おやすみ」


「うん、おやすみ。あ、待ってレインくん」


「ん? どうかした?」


「一個意見を聞かせてほしいんだ」


 そう言ってモユは話し始めた。


「晴れてる日に外に水瓶を置いて、明日までに水がたまらないと、ひどく苦しい状況。で、外の音が何も聞こえない部屋に篭る」


「うん」


「部屋の中にいる間、水が溜まることを信じることに意味があるかな?」


「何その哲学的な問い?」


「あはは。で、答えは?」


「まあ信じて雨が降るとか、そういうのは考えられないけど、心に平穏はあるんじゃない?」


「やっぱ、信じても雨は降らないかな?」


「家令を信じて雨が降った?」


「だよね。本当にこれが最後だ」


 終始よくわからなかったが、モユが納得したようなので帰ることにする。


「じゃあね」


「あ、待って」


「今度は何?」


「お別れのハグがまだなんだけど?」


「おやすみ」


 俺はモユの部屋を去った。


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