第8話


 居心地の悪い静寂が教室内に満ち満ちる。


 誰の眉間にもシワが寄っていて、不機嫌なのは一目瞭然だった。


「お兄様」


 長い沈黙を破ったのはローレル。真紅の赤髪に凛とした雰囲気、鍛えられたモデル体型。姫騎士と言って差し支えない美少女の印象からは、甘えんぼの雰囲気のかけらもない。


「なにがあったかは聞かない。これから私といてくれればいいから、な?」


「え、じゃあ、そうしようか……」


「レインくん」


「はい。嘘です」


 モユに咎められてそう言った。あまりの居心地の悪さについローレルに甘えかけてしまったところを考えると、俺は相当まいっているらしい。


「レインくんは、ボクのこと嫌いかい? 一緒にいたくない?」


「いや、そんなことは……」


「じゃあボクと居たいっていうことでいいのかな?」


「いや、そんなことは……」


 モユが儚げな笑みを浮かべて、俺は慌てて言い直す。


「いたい! 一緒にいたい!」


「ほんとう? ボクだけと居たい?」


「居た……っぶない」


「ちぇっ」


 モユは悪戯っ子のような可愛い舌打ちをした。


 ミルクティー色の髪に小さな顔。ちょんと、ピンクの唇が小悪魔感たっぷりの美少女に成長したモユ。ローレルのくだりで気を引き締めてなお、思わず、嵌められかけるくらい魅力的な美少女に成長している。きっとこんな状況でないならば、だらしなく口を緩めてしまって頷いていただろう。


「ねえ、レイン。まさか、まさかだと思うんだけどさ、元首候補の四人全員にコナかけてるとかあり得ないよね?」


「そ、そんな、まさか。俺はそんな節操なしじゃないって」


「じゃあ、私だけってこと?」


「お兄様。レガリオの王女に何をしたんだ?」


「うっ」


 ロ、ローレルの目が闇になっている。怖い、怖すぎる。


「何もしてないって」


「はあ? レイン、何もしてない? 本気でそう思ってるの?」


「思ってないです!」


 いや、フランは実際何もしてない、舐めさせただけ……ってことはないか。反乱防いだし、色々助けたし、あと花火も一緒に見た。


「ということは粉かけたんだね、レインくん。私だけじゃ飽き足らず……」


 今度はシリルが暗い顔になったので、俺は慌ててフォローする。


「そ、そんなシリルだけで満ち足りてるって」


「じゃあ、ボクは遊びでしかなかったんだね」


「モユも! 遊びなんかじゃな……」


「レイン!」


「お兄様!」


「レインくん!」


 名前を強く呼ばれて、肩を縮こめる。


「レイン、さっきからあっちいったりこっちきたり。いい加減、誰が本命なのか、教えて? 私じゃなかったら、酷いことするけど。まあ、約束の件もあるから全身は確定だけど」


「お兄様。私を選ぶに決まってるだろう? それで、ずっとし続けて喉渇いても、お互いに含んで交換するに決まってるだろう?」


「レインくんは私じゃないの? 甘々にナデナデじゃないの?」


「何を言ってるのかな? ボクをキュッと抱きしめて選ぶに決まってるじゃないか」


 四人に少しずつ詰め寄られて、壁際まで追いやられる。


 まずい、まずい、まずい。


 この状況、何とかしないと……あっ。


 閃きが舞い降りて、神に感謝する。


「こほん」


 と咳払いをして、俺は話し始める。


「申し訳ないけど、俺は四人誰とも仲を深めることができない」


「殺す」


「ひぅ、ちょっと、最後まで聞いて!」


 その殺すは誰の声かはわからなかったけど、おそらく全員の意思だと思ったので、早口で続きを話す。


「俺は大侵攻を防ぎ、ミレニアを今なお発展させ続けている。自分で言うのも何だけれど、影響力がある人間なんだ」


「で?」


 皆の、で? が怖い。が、我慢して続ける。


「そんな人間が誰かに肩入れすれば、選挙に響く。あの、レイン・ミレニアに推されているのだから、この人に投票しようっていうふうにだ。けど、それは良くない」


「ふむ」


「俺は優劣でなく好き嫌いで判断してるのに、有権者が俺についてくるというのは、連邦のためにならないと思う。だから俺は誰か一人と仲を深めることはしないし、皆平等に接する義務が、そうこれは義務、俺の意思とは関係ない義務が責務があるんだ」


「むぅ」


 皆の『むぅ』という反応を見ると、脳内に『決まったぁ〜』と言う声とウイニングランを爽やかな笑顔で行う俺のイメージが流れる。


「ねえ、レインくん、質問いいかな?」


「ふふん、どうぞ、シリル」


「レインくんにも投票権はあるよね? それだけ連邦の未来を思ってるなら、優れた人を元首にしたいんだよね?」


「え? そりゃまあ」


「つまりさ。一番優秀を勝ち取れば、レインくんはその人を推すんだよね?」


「……そういうことにはなるかもしれない」


「じゃあさ、一番優秀を勝ち取った上で、一番好きも勝ち取れば、レインくんは平等に接することはなくなるよね?」


 ……まずい。反論の余地がない。


 周りを見てもシリルと同じ考えだったのか、異議を唱える様子もない。


「……そう、なるかもしれない」


「なるよね? レイン」


「なる、だろ? お兄様?」


「なる以外は、筋が通らないよ」


「……なります」


 逃げ場がなくそう言うと、四人は互いに敵意の視線をぶつけ始めた。


「まあ、そういことだから、皆よろしくね」


 とフラン。


「うん、よろしく」


 とシリル。


「ああ、頼む」


 とローレル。


「わかりやすくていいね」


 とモユ。


 そんな四人のやりとりに、俺は震えが止まらなかった。

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