城壁山脈

 城壁山脈の冒険は順調だった。順調すぎると言っていい。

 登山道を進むアルフレッド達を襲ってくるようなモンスターは無く、洗脳された何者かが待ち構えているような事も無かった。

 もっとも登山道が通っているのは山の中腹程までだが……何もないだけに、予想以上に快適な道程であったといっていい。


「……なんか拍子抜けね。もっとこう、バリケード張ってあるくらいは予想してたんだけど」

「手が回らなかった……というわけではありませんよね」

「それはないでしょ。幾らでもできたはずよ?」


 そう、道を塞ぐような障害すらなかったのだ。

 何もなさ過ぎて、逆に罠を疑うような……そんな状態だ。

 アルフレッド自身、この状況に思うところがあるのだろう。先程からずっと無言で歩いていたが、その足をピタリと止める。


「ヒルダ、シェーラ。この登山道は、町の観光の為に作られたという話だったな」

「そうね」

「はい」


 そう、昨日町長と話をするついでに、この登山道についての話は聞いていた。

 無茶な登り方をする観光客に「気分」を味わわせる為に作られた登山道。

 それがアルフレッド達が今進んでいる道だ。


「次の罠を張るならこの道だと。俺はそう思っていたが……」

「違うっていうの?」


 そう聞くヒルダに、アルフレッドは「いや……」となんとも判断し難い答えを返す。


「用意しているのは、罠ではないかもしれない」

「……どういう意味?」


 気づけば、アルフレッドの視線は登山道の先へと向けられている。

 町長の話通りなら、そこにはアダート記念広場なるものがあるはずだが……。


「もし罠を潜り抜ける、あるいはどうにか出来る者が相手であるなら、敵が次に用意するのは罠ではなく……それを力尽くで排除できる何かかもしれない、ということだ」


 その言葉に、ヒルダもシェーラも理解する。

 つまり、アルフレッドの視線の先。恐らくはアダート記念広場に「そういうもの」が居るということだ。


「……まさか、ドラゴンでしょうか」

「此処でいきなり? 有り得ないわよ……」


 言いながらもシェーラは杖を、ヒルダは魔導銃を構える。

 町を襲うドラゴンが存在する事は、焼け焦げた町を見れば明らかだ。

 つまり、この先の何処かに必ずドラゴンか……それに比肩するような何かは確実に居るのだ。

 そして、アルフレッドも「ソレ」が自分に……いや、自分の呼ばれた理由に関係する何かであることを感じ取っていた。

 自分の中で強く反応する力を解放するべく、アルフレッドはその言葉を唱える。


伝説再現ロード。『超竜戦記ヴォード』・ヴォード・ドラグニア!」


 叫ぶと同時に、アルフレッド達の前に一人の男の姿が像を結ぶ。

 赤い無造作に整えられた髪と、光る金色の目。

 険しいその目つきは誰もを威嚇するかのようで、均整のとれた筋肉質な身体はまるで研ぎ澄まされた刃のようですらある。

 纏う服はシンプルなシャツとズボンだが……今までアルフレッドの喚んだ「英雄」達と比べると、格段に危険な香りが漂っている。


「お前の力が強く反応していた。今回の事件……お前に関連する何かであると考えていいのか?」

「さあな」


 問いかけたアルフレッドに、その男……ヴォードは吐き捨てるようにそう答える。


「そうかもしれないってだけだ。そもそも「俺」が反応したのはドラゴンがらみってだけだからかもしれねえ……だが、やり口が似てる奴に心当たりはある」

「それは……誰なのですか?」


 思わずといった様子で疑問をぶつけたシェーラを睨みつけたヴォードは、それでも答えを口にする。


「……竜神官グラート。竜教団を人間の間に広めてたクソ野郎だ」


 言いながら、ヴォードは自分の頭を軽くトントンと叩く。


「お前等の体験した話は、大体頭に入ってる。まずお前等の見たペンダントだが、あれは竜教団の紋章に似てる。勿論、似てるだけの可能性もあるってのは分かるな?」

「ああ。銅鏡についてはどうだ?」

「魔鏡だろ。あのクソ野郎の考えそうな事だ。覆面も……ああ畜生、どう考えてもあのクソ野郎じゃねえか」

「なんなのコイツ……」


 頭をガシガシと掻くヴォードに、ヒルダは思わずそんな感想を漏らすが……聞こえていたのかヴォードは今度はヒルダを睨みつける。


「るっせえな……あのクソ野郎がどういう奴か知ってるから言ってるんだよ。そうじゃねえといいのにな……ってな」

「な、なによ。どうせ凄く強いってんでしょ?」

「ああ、強いな。それは確かだ。だがそれ以上にド汚ぇ。それが問題なんだよ」


 汚い。それがそのままの意味ではない事くらい、ヒルダには分かる。

 

「あの町の洗脳の事でしょ? でもアルフレッドは何とかしたわよ」

「……ハッ」


 だが、そんなヒルダを嘲笑うようにヴォードは小さく息を吐く。


「な、何よ」

「いや。まあ、論より証拠ってやつだよな。行こうぜ、この先にグラートがどのくらいクソかって答えがある」


 言いながらズカズカと歩いていくヴォードをアルフレッドは追おうとして……自分を掴む2つの手に、思わず立ち止まる。


「アルフレッドさん……なんなんですか、あの人!」

「ちょっと、あれも英雄なの!? あんな性格悪そうな英雄なんて聞いたこともないわよ!」

「……きっと気が立っているんだろう」


 落ち着け、と。そんなフォローを入れたアルフレッドは、なおも何かを言いたそうな2人を連れてヴォードを追う。

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