城壁山脈5

「よく来たね」

「また足止めか……余程この先に進まれたくねえみてえだな」


 ヴォードの台詞に、男は小さく笑う。

 そう、男。それは1人の男だった。

 赤いローブを着込み、竜をイメージした紋章を身に着けたその姿は、恐らくは竜教団とやらの正装なのだろう。

 身長は、ヴォードと同じくらい。金色の髪が風にさらりと揺れ、切れ長の青い目が優しげに全員を見つめている。

 穏やかな印象の青年……という表現が一番正しいだろうか?


「そりゃそうだよ。誰だって、招かれざる客には来てほしくない」

「だとしても、俺達はこの先に用がある……通して貰おう」


 一歩前に進み出たアルフレッドを見据え、青年はクスリと笑う。


「そう焦る必要はない。時が来れば、僕達の方から出向こう。それではダメなのかい?」

「ああ、もういい。お前はそういうタイプか」


 姿勢を低くしたヴォードが一瞬のうちに青年との距離を詰め、変異した腕を振るう。

 今までの敵同様、青年もその一撃で切り裂かれ……はしなかった。

 ヴォードの変異した腕を、青年の腕が受け止めていた。

 人間を遥かに超えるドラゴンの力を持つヴォードの腕を、である。


「なっ……」

「落ち着こうよ。言葉っていうのは素敵なものだ。言葉を交わすからこそ、人は知的生物足りうるんだ」

「テメエ……何者だ!」

「僕かい? 僕は……」


 青年の目が青く光り、その腕が金属鎧のような硬い外皮と鋭い爪を持つものへと変化していく。


「僕はレヴァン。竜神官様は、僕を「選ばれし者」と呼んでくださっているよ」

「竜因子に適合したってのか……!」

「その通り。僕を失敗作共と同じだと思ってると怪我をするよ」

「チッ……!」


 レヴァンの振るった腕を、ヴォードの腕が弾く。

 ガギン、という金属同士がぶつかり合うような音が響き、2人は距離をとる。


「ハハハ……! 力勝負じゃ僕の方が勝ちかな!?」

「……」


 確かに、ヴォードの腕は衝撃で僅かに震えている。

 ヴォードはレヴァンを睨みつけ、アルフレッド達へと叫ぶ。


「仕方ねえ……先に行け!」

「させるわけがないだろう?」


 レヴァンが合図をすると、道の先から巨大な怪物達が地響きと共に現れる。


「言っておくけど……僕を倒さずに先に進もうとするなら、容赦なくそこの女二人を殺すよ」

「……させると思うか?」

「出来るさ」


 剣を構えるアルフレッドへと、レヴァンは不敵な笑みを返す。

 それは脅しではなく、絶対に出来ると……やるという自信。


「何故なら……」


 レヴァンの身体が更に変異する。

 その細身の体が肥大化し、異常なまでに高密度な筋肉で覆われた巨体へと変化。

 その身体を金属鎧のような外皮が覆い、頭部も人間とは異なる大きな口を持つ何かへと変化していく。

 その頭部もまた金属質の外皮が覆い、その奥では4つの目が光る。

 二本足と二本腕ではあるが、確実に人間とは異なる怪物……しかし何よりも特徴的なのは、その額から伸びている枝分かれした角だろう。

 まるで七支刀のような特徴的な外見を持ったそれが如何なるものであるのかは分からないが、ただの飾りであるということは有り得ないだろう。

 

「何故なら。この僕が、逃がさないからだ」


 レヴァンの角に光が集い、放電を始める。

 電撃攻撃。そう気付き、アルフレッドとヴォードは撃たせまいと走る。

 翼を広げたヴォードは空中から直接。そしてアルフレッドは地上から。

 だが、間に合わない。

 レヴァンの角が一際強く輝き、最高潮へと達する。


「くらえ……サンダーフォール!」


 そして、広範囲に雷の雨が降り注ぐ。


「ぐわっ……!?」

「くっ……!」


 避ける事など敵わない。

 降り注ぐ雷の雨はヴォードを撃ち、アルフレッドを撃つ。

 それでは足りぬとばかりに地面を砕いた雷の雨は、丁度ヒルダとシェーラの手前までの範囲へと降り注いだ。


「ひえっ……」

「これ、は……」


 ヒルダは単純なその威力に、そしてシェーラは大魔法並の範囲と威力の攻撃がこの短時間で放たれた事に驚愕する。

 シェーラは神官だ。防御魔法の類だって使える。使えるが……これ程の威力の物を放たれては、生半可な防御魔法では……もたない。

 流れる汗を感じ、それでもシェーラは杖を構える。


「祓いたまえ、清めたまえ、守り給え。全ての悪しきは此処に入る事を禁ず。此処は祝福されし地、約束されし地。故に我等、此処に絶対防御の理を示す……!」


 シェーラの杖から白い光が放たれる。クルリと回した杖からシャンッという軽やかな音が鳴り、シェーラを中心に四方へと光が分散し繋がって円を描く。


「ホーリーワールド!」


 唱えたその瞬間、半円状の透明な壁がシェーラとヒルダを包む。

 シェーラに使える、最大の防御魔法。どれだけもつかはシェーラ次第だが……それでも、使わないよりはずっとマシだ。


「アルフレッドさん……! 私達は大丈夫です! どうか、心のままに!」


 戦いの役には立てずとも、足手纏いにだけはなりたくない。

 そんな想いを込めて、シェーラは叫ぶ。

 聖魔法ホーリーワールド。結界系の魔法の中でも最上級で、物理・魔法を問わずに全ての攻撃を弾く最大防御魔法。

 込められるだけの魔力を込めて、シェーラは結界を維持すべく輝く杖を地面に突き立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る