漁業ギルドにて

 漁業ギルド。

 海の見える高台にあるその建物は白く綺麗な石を積み上げて作られており、相当の金を掛けているであろうことをヒルダに想像させた。

 営業時間内であるという事か大きく開かれた扉から中に入れば、戦士ギルド同様のカウンター方式であることが分かる。

 

「……ギルドというものは、皆こういう造りなのか?」

「公認ギルドはね。その辺色々面倒な基準があるらしいわよ」


 言いながらヒルダはカウンターまで歩いていき、大きな音を立ててカウンターに肘をつく。


「ギルドマスター出してくれる? 海の問題の件で約束あるんだけど」

「は? 海の問題……ですか?」

「海賊。色付けるからどうにかしてくれって言われてるんだけど」


 ヒルダを不審者を見る目で見ていた職員は訝しげな顔のまま奥へと視線を向け「マスターに確認してきて」と声をかける。

 それに応えるように奥に居た職員の一人が何処かへと行き、対応していた職員は「少々お待ちください」と笑顔で告げてくる。


「だってさ、待ってましょ」

「……もう少し相応しい態度があったように思うが」

「うっさいわね、あたしは貴族様じゃないのよ。そもそもこういう場所で弱気でいったらナメられるわよ?」

「弱気でいけと言っているわけではないが……」


 困ったように言うアルフレッドにヒルダはフンと鼻を鳴らし、ギルドの中を眺めまわす。


「……当然だけど、貼ってある内容も色々違うわね」


 ギルドの壁に貼られた紙の数々は、罠士ギルドや戦士ギルドであれば依頼の紙が多い。

 しかし此処に貼られているものは、そのどれもが求人の紙であるようだった。


 船員募集、若干名。日給6000イエン。

 航海士急募。月給30万イエン。経験者のみ。


 こんな感じの紙があちこちに貼られており、しかしアルフレッド達を除けば職員しか居ない漁業ギルド内では寂しく紙がカサカサと風に吹かれて揺れるだけだ。


「こっちに船売ります、という紙があるが」

「買わないって言ったでしょ。ていうか……ゲッ、2170万イエン!? 誰が買うのよこんなもん!」

「それなりに立派な船だからな、そいつは。そのくらいはするさ」


 言いながら奥から現れたのは、港で出会った漁業ギルドのマスターを名乗る男だった。


「仕事受けに来てあげたわよ」

「ああ、助かる。戦士ギルドも及び腰でな……正直手詰まりだった」

「その分色付けて貰うって言ったでしょ。で、海賊のとこまで行く船はどれ貸してくれるの?」


 当然のように言い放つヒルダに、ギルドマスターは渋い表情を浮かべ……やがて「ああ」と頷く。


「船か……手配したいのは山々なんだが、この前の戦士ギルドの敗北が効いていてな……貸したいという奴が居らんのだ」

「居らんのだ、じゃないでしょうが。泳いで行けって言うつもり!?」

「いや……そんな事は言わんが……分かるだろう? 船ってのは高ぇんだ」


 戦士ギルドが依頼を受けて海賊退治に向かった時に漁業ギルドは勿論全面協力し、多数の船を貸し出した。

 その結果が大敗走であり、船や船員を多数失ってしまったのだ。

 ヒルダも言った通り漁業ギルドの所属者にとって船は飯の種であり生命線だ。

 それを失う事は死とほぼ同じ意味であり、いくら戦士ギルドの失った船の補填がされたとはいえ残った船持つ漁師達も同じ体験をしたいとは思わない。

 出来れば自分以外の誰かが船を貸し、それで解決されればいいと考えているのだ。

 だからこそ、漁業ギルドからの要請も断られてしまう。


「つまり船を借りるのは諦めろってことね……」

「お前等がたとえば、そこの船を買うってんなら仲介するけどよ」

「馬鹿にしてんの?」


 ヒルダに睨まれギルドマスターは視線を逸らすが、その視線は彷徨いアルフレッドへと向けられる。


「そっちの兄ちゃんはどうだ?」

「どうだと言われてもな。つまり船を此処では借りれない、ということだろう?」

「ま、まあ。そうなるな……もう少し時間貰えりゃ再度交渉してみるけどよ……」


 板挟みというやつなのだろう、本気で困っている様子が透けて見える。


「言っとくけど、財布握ってんのはあたしよ。船買うとか、そんな無駄遣いする気ないから」

「そうか……しかしそうなると、相当難しいな……」


 ここまで話をすれば、大体理解できてくる。

 つまるところ、アルフレッドのお高そうな装備を見て金満冒険者なのではないかと思われたのだ。

 上手くギルド員と交渉出来て船を借りる事が出来ればそれでよし、もしそうでなくても売られている船を買うように仕向けられれば……というところだろうか。


「ま、いいわ。とりあえず報酬は後払いで1億イエンでどう?」

「い、1億だあ!? そりゃ高すぎだろ!」


 ちなみにだが、一般的な賞金首で安いのは50万イエン程からいる。

 それに比べると凄まじい高値だが……ヒルダはギルドマスターの剣幕に引いた様子もない。


「何言ってんのよ。人数不明、戦士ギルドを退ける未知の武器か魔法を持った海賊共。そんなもんをロクなサポートもなく退治してやろうってのよ? むしろ2億でも3億でも出しますからお願いしますって土下座すんのが普通じゃないの?」

「ぐ、ぬ……」

「あんた等は漁に出れなければ出れない程稼ぎが減るし、交易船も来なくなれば町も枯れる。ダラダラしてる暇あるの? 金で解決できるなら一番なんじゃないの?」


 実際、ヒルダの言う通りではある。

 漁業や交易船で稼いでいるバッサーレは、それが出来ない日が続くほど稼ぎが減る。

 つまり、死活問題なのだ。


「……分かった。だが詐欺だけは許さんぞ」

「ああ、本当に倒したか見てないからダメだってんなら見張りでも寄越しなさいよ。勿論自分で身を守れる奴よ?」

「そ、れは……」


 誰かに頼んだとして、嫌がる者ばかりだろう。漁師は漁をする者であって、戦う者ではないからだ。

 多少喧嘩っ早くても、命の取り合いをしたいというわけでもない。


「居ないの? じゃあ仕方ない……」

「……お話は伺いました。私が同行致しましょうか?」


 入口から聞こえてきた声に、ヒルダが振り返り。


「……ゲッ、ストーカー女!」

「おお、セレナ殿!」


 そんな、ヒルダとギルドマスターの声が重なった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る