城壁山脈2

 ズンズンと進んでいくヴォードの足取りに、一切の迷いはない。

 まるで何処に目的のものがあるのか分かっているかのように、道をそのまま進んでいく。


「ちょっと! アンタ目的地が何処か知ってるの!?」

「……チッ」


 叫ぶようなヒルダの呼びかけにヴォードは煩そうに舌打ちすると、足を止めて振り返る。


「何処か、なんて問いに意味はねえよ。あの野郎の本拠地がご丁寧に地図に載ってるとでも思ってんのか」


 馬鹿にするようなその言葉に、ヒルダは分かりやすく激昂する。


「んなこたあ言ってないでしょ! 周り全く見ずに分かるのかって言ってんの!」


 そう、アルフレッドもそうだが……ヒルダも周囲を確認しながら探索していた。

 これは単純に「目的地が分からないから」である。

 このまま山道を進めば目的地に到着すると確定しているわけでもなく、何処に罠があるか……あるいはヒントがあるのかも分からない。

 そんな中で適当に進んだところで、何が見つかるとも思えなかったのだ。

 

 ただでさえ城壁山脈は「城壁」と呼ばれる程に標高が高く、山脈と呼ばれる程度には広いのだ。

 そんなものを適当に探すなどというのは実に滑稽であり……何かのヒントが見つかりでもすれば、あるいは何も見つからなければヒルダはアルフレッドに空からの探索を提案する予定ですらあった。

 だが、もしヴォードが自信満々の考えなしだというのであれば、ヒルダとしても早々にアルフレッドに主導権を戻してもらわねばならず……無条件に信じる程、ヒルダとヴォードの間に信頼関係は築かれていない。


「……分かるさ。ついでに言えば、俺が分かってる事もあの野郎は分かってる」

「どういう……」

「来るぞ」


 そんなヴォードの言葉と同時に、風が吹く。普通の風とは違う、不自然な風。

 ゾクリとするような、何か得体のしれないものと遭遇した時に感じるような。

 その存在に気付いたのは、地面に映る何者かの影を視認し見上げた瞬間。


「ひっ……」


 そんな悲鳴があがったのは、ヒルダが先かシェーラが先か。

 視線の先、空中に……蝙蝠の翼を持つ何かが飛翔している。

 基本形は、人間のようにも思える。

 しかしその腕のあるべき場所には蝙蝠の翼のようなものが生えており、足のあるべき場所にはウロコを貼り付け巨大な鉤爪のついた爬虫類の足のようなもの。

 身体自体は人間の男のそれにも思えるのが、より一層の不気味さを醸し出している。

 そして頭部だが……人間の頭に蝙蝠の顔の皮を貼り付けたら丁度あんな感じになるだろうか?

 少なくとも、正常な生物ではない。

 モンスターと呼ばれる生き物ですら、あんなに不気味ではない。


「な……ななな、なにあれ!」

「あれが今回の事件の……!?」

「違うな」

「違ぇよ」


 ヒルダとシェーラの言葉を否定したのは、同時に放たれたアルフレッドとヴォードの言葉。


「アレからは、たいした力を感じない。あんな事が出来るとも思えん」

「正解だ。ありゃ使いっ走りってとこだな。哀れなもんだぜ」

「哀れとは……愚かしいことよ」


 上空を飛んでいた蝙蝠男が口を開き、流暢な言葉でそう答える。


「俺は力を得たのだ。この終末世界を生き残り、戦う為の力。お前達も帰依するがいい。それこそが」

「御託はいらねえんだよ」


 蝙蝠男の言葉を遮り、ヴォードは蝙蝠男を睨みつける。


「何が終末世界だ、相変わらず芸のねえことをほざきやがって。頭と体を弄くりまわされて幸福になった気分になってる哀れな実験動物。それがテメエだよ」

「は? それって……」

「竜因子の埋め込みによる人体変異。および竜隷兵の増産による人間牧場の生産。やる事に芸が無さ過ぎて笑えてくるぜ」


 そう、それはOVA『超竜戦記ヴォード』のストーリーだ。

 超竜王と呼ばれる存在に率いられる「竜界」からやってくる敵と、人間界で育った超竜王の息子の一人、ヴォードが戦う……それにおける一巻のストーリーが、竜教団という形で人間界に現れていた敵の支部を潰すものだったのだ。


「そ、うか……お前がヴォードか! 偉大なる神の息子にして裏切り者!」

「よりにもよって神ときたか。で? 俺がそうならどうするってんだ」


 不敵に笑うヴォードに向けて、蝙蝠男は翼を羽ばたかせ更に上空へと舞い上がる。


「知れたこと……あの方への報告が「裏切り者ヴォードを殺しました」となるのだ!」


 遥か高くへと舞い上がった蝙蝠男が口を開き、甲高い声をあげる。

 その声が耳に届いた瞬間に、ヒルダは頭がぐわんぐわんと揺れるような不快感を感じ……立っていられなくなるような前後不覚に陥る。


「な、なに……こ、れ……」


 視界の隅では、シェーラも同じように倒れそうになって地面に手をついているのが見える。

 音波に魔力を混ぜ相手の体内を掻き乱す攻撃。

 そうであるということがヒルダに分かるはずもない。


「……おかしな攻撃だ」

「ハッ、うるせえだけの小技かよ」


 だが、そんな中でもアルフレッドとヴォードは変わらず立って蝙蝠男を見上げている。

 その様子に蝙蝠男は驚き……しかし自分を鼓舞するように声をあげる。


「強がりを……! もう一度我が咆哮を喰らうがいい!」

「悪いけどな」


 ヴォードの金色の瞳が一際強く輝き、その背中に翼が生える。

 蝙蝠男のソレとは違う、威風堂々たる竜翼。

 一瞬にしてヴォードは蝙蝠男のいる場所まで舞い上がり……ドラゴンの鱗と爪を備えたものへと変化させた腕で、蝙蝠男の胸を貫く。


「が……はっ……!?」

「そんな小技でも、人間は死ぬ。だからさせねえ」


 そう、あの技をあと二度、三度と受ければヒルダとシェーラは死ぬかもしれない。

 アルフレッドが守るかもしれないが、それを無垢に信じる程ヴォードは純粋ではない。

 だからこそ。


「哀れだとは思ってるよ。だから死ね」


 蝙蝠男から腕を抜くと、反対の手の爪で蝙蝠男の頭部を引き裂く。

 万が一がないようにと念入りに殺された蝙蝠男の身体はそのままフラフラと宙を舞い……そのまま、遠く離れた崖下へとバウンドしながら転がっていった。

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