そのお宝は誰のもの

 斬り倒された盗賊達を避けるように歩いていたヒルダは、アルフレッドをマジマジを見つめる。

 上から下へ、下から上へ。性別が逆であればセクハラ呼ばわりされそうな程な視線はアルフレッドを存分に見回し……やがてヒルダからは、こんな一言が飛び出してくる。


「……アルフレッドってさ、まさか本当にどっかの騎士様だったりする?」

「確か俺を騎士様と呼んだのは君だった気がするが?」

「何言ってんのよ。あんなの持ち上げる為のお世辞に決まってんでしょ。カッコつけてる男は「騎士様」って呼んであげると大抵デレッてするんだから」

「そうか」

「そうよ。いい気分になってもらって、出すもん出してもらう。何にでも繋がる真理だと思うけど」


 やっぱり何とかしといた方がいい系の奴なんじゃないだろうか。

 そんな事を考えながらも、アルフレッドは手近な小屋の扉に手をかける。


「あ、ちょっと。そこ連中のお宝置き場よ? どうすんの?」

「此処を開けるつもりだが」

「えっ、ちょっと。あたしにも分け前頂戴よ」


 扉を開けようとしていたアルフレッドは振り向くと「分け前……?」と呟く。

 独り占めする気だ、と考えたヒルダはすぐに声を荒げてアルフレッドの腕を掴む。


「独り占めするつもり!? あたしだって此処に案内したんだから分け前貰う権利はあるわよ!」

「ん? ああ、いや、そうではなく。この奥にあるのは盗賊団が奪ってきたものだろう?」

「そうね」

「つまり、盗品であるわけだ」

「正確には略奪品よ」

「つまり彼等のものではないし、彼等を倒したからといって所有権が俺達に移るというものでもないだろう」


 そう、盗賊が略奪してきたものは「誰かから奪われた財産」に他ならない。

 その盗賊を倒したからといって自分達のものになどなるはずがない。

 それがアルフレッドの常識、なのだが。


「何言ってんの。あたし達のに決まってるじゃない」


 ヒルダから返ってきたのは、そんな呆れたような言葉だった。


「何を言っているんだ? 略奪品であれば持ち主に返すべきだろう」

「その持ち主をどう判定すんのよ。お金に名前が書いてあんの?」

「いや、金に限らずとも色々あるだろう」

「あるかもしれないけど、その持ち主サマが本当に持ち主だって証明はどうすんの?」


 盗賊団があちこちから略奪してくる以上、その略奪品置場にあるものは当然一人分の物だけではない。

 多数の人間の財物が混ざり合って置かれており、その中にはすでに死んでしまった人間のものだってあるかもしれない。

 となると、「自称持ち主」が混ざったり持ち主であっても過大に被害を申告する可能性だってある。

 実際、そういった事が起きた為に「盗賊団を倒した場合は財物総取り、ただし国宝の類は除く」といった決まりが出来ている。

 つまり、此処にあるものは盗賊団を倒したアルフレッドのものなのだ。


「だからあたしが分け前寄越せって言ってるわけ。分かる?」

「そう言われてもな。略奪品を略奪するというのは……やはり違うんじゃないか」

「かーっ、頭かたっ! それならいいわよ、あたしが全部貰うから!」


 アルフレッドの前に滑り込んだヒルダはドアノブを引っ張り……ガチャリ、という音に思わず視線を下に向ける。


「何これ、鍵かけてんの? 生意気」


 そう、そこには後付けと思われる粗末な錠がくっついていた。

 粗末とはいえ、錠は錠。開けるか壊すかしなければいけないが、ヒルダは迷いなく腰のバッグから鍵開け道具を取り出す。

 カチャリ、と開錠される音が鳴るまでおよそ2秒ほど。

 錠前を投げ捨てると、ヒルダはフフンと得意そうに振り返って笑う。


「中々の手際だな」

「そうでしょ? あたしは腕利きの罠士だもの、このくらいお手の物よ」


 素直な賞賛に胸を張りながらヒルダはドアを開ける。


「でも、こんなもんつけてるって事は何かイイ物、でも……」


 言いかけて、中を覗いたヒルダの表情が固まる。

 そう、そこに転がっていたのは……確かに「高価なもの」ではあった。


「どうした。何かあったのか?」


 その後ろからアルフレッドが小屋の中を覗くと……その中には、どう見ても盗賊とは思えない風体のアルフレッドを見つけて唸る、猿轡を噛まされた少女の姿があった。


「むー、むむー! むむうー!」

「……浚われた女性か」


 銀色の肩くらいまでの髪、青く美しい目。小屋に転がされた影響か汚れてはいるが、贅沢な刺繍の施された服。「なんちゃってお嬢様」を演じていたヒルダとは全体的に違って高級感漂う、恐らくは一五歳か一六歳程度の少女。


「いや、ていうか。あの子……」

「知り合いか?」


 小屋の中に踏み込んで猿轡を外し、縄を解いているアルフレッドの背後でヒルダは「いや、まさか……でも……」と呟きながらも、やはりそうではないかとの結論に達する。

 そうしている間にも縄は完全に解かれ、アルフレッドは精一杯の優しげな笑顔を少女へと向ける。


「……もう平気だ。盗賊達は倒した。君は家に帰れる」


 ちなみにだが、アルフレッドは美形である。

 物語の主役を張るに相応しい程に現実離れした美形であり、性格も清廉潔白。

 悪心などというものは欠片も存在しない、英雄譚の主人公じみた男……というよりも、実際に英雄譚OVAの主人公だ。

 そんな男が浚われた少女の前に助けに現れ、笑いかけたらどうなるか。


「騎士様……っ!」


 安心と歓喜。不安から解放された高揚と、吊り橋効果やら諸々が混ざった複雑な想いに美形を添えて。

 頬を染めアルフレッドに抱き着く元囚われの少女の出来上がりである。

 そして当然だが、そういう事に気付く機微がアルフレッド打ち切り主人公に実装されているはずもない。


「ああ、もう大丈夫だ……で、この子のことだが」

「え、いや……ていうかその子。たぶんアルテーロの町長の娘だと思うけど」


 この森から少し離れた場所に存在する大きな町の名前を、ヒルダは口にした。

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