英雄だからって色は好まない

「アルテーロ?」

「え、知らないの? この辺じゃ一番大きな町じゃない!」

「そう言われてもな……」


 自分に抱き着いている少女を見下ろしながら、アルフレッドは困ったように頬を掻く。

 この辺りの地理なんか、頭に入っているはずもない。

 なにしろアルフレッドは所謂異邦人なのだ。


「とにかく、この子を届けなければな。可哀想に、余程不安だったのだろう」


 言いながらアルフレッドは少女の頭を撫でるが、その少女が自分に惚れているなどという発想はアルフレッドにはない。

 あるいは「黄昏の聖騎士伝」でラブロマンスが展開されるまでいっていれば、そういう機微がアルフレッドの中にあったのかもしれないが……伊達にオープニングだけで登場が終わってはいない。そういう経験がアルフレッドにあるわけはなく、故に全く理解できていない。

 しかし、ヒルダはそうではない。だからこそ、少女がアルフレッドに一目惚れしているのが良く分かる。


「あー……そうね。で、お嬢様。偶然ではありますけど、ご自宅までお送りいたしますよ」


 ヒルダがそう言うと、少女はやっとヒルダの存在に気付いたかのようにアルフレッドからパッと離れて顔を真っ赤にする。

 

 ……こりゃガチのお嬢様だわ、と。そう考えながらも笑顔を崩さないヒルダに、少女はたどたどしく……というよりもアルフレッドをチラチラと気にしながら頭を下げる。


「あの、助けてくださってありがとうございます。私はアルテーロの町長の娘、ビオレです。もうダメかと不安で……」


 言っているうちにまた恐怖がこみあげてきたのか、ポロポロと涙を流すビオレの肩に、アルフレッドがそっと触れて抱き寄せる。


「あっ……」

「大丈夫、恐れることは何もない」

「騎士様……」


 金属鎧は硬く冷たいが、ビオレは構わずアルフレッドに寄り添うように抱き寄せられたままになる。

 そうしているだけで涙が止まるような、そんな不思議な感覚があったのだが……。


「あの、騎士様。あちらの方は何を……?」


 ふと視界の端で何かをやり始めたヒルダが目に入り、ビオレはアルフレッドに問いかける。

 言われてアルフレッドも見回してみると、そこには床に散らばった宝飾品の類を検分しているヒルダの姿があった。


「ヒルダ……君という奴は」

「何よ。適材適所でしょ、こういうのは」

「そうじゃないだろう。この子が此処に囚われていた以上、その中にこの子の家の財物があったのは確実。となれば」

「あ、いえ。その、私はあまり物も持っておりませんでしたので、それは……」

「ほーら、お墨付き! ……あー、でもやっぱりロクなものないわ。全部で二十万イエンいくかいかないかってところね」


 ブツブツと呟いているヒルダを見て、ビオレは盗賊と同じ匂いを感じ取ったのか不安そうにアルフレッドを見上げて。


「あ、申し遅れました! あたしは罠士のヒルダ、そっちのアルフレッドの臨時の相棒やってます!」

「いや、ああ……まあ、いいんだが」

「まあ、アルフレッド様と仰るのですね!」


 なんとなく嫌な予感を感じて自己紹介したヒルダから速攻で目を離し、ビオレは目を輝かせる。


「そういえば自己紹介していなかったな。アルフレッドだ」

「はい、アルフレッド様!」


 ヒルダへの不安よりもアルフレッドへの興味の方が勝ったのだろう、アッサリとヒルダから目を離したビオレを余所に、ヒルダは小さくて高そうなものや現金のみを手近な袋に入れて腰に括り付ける。

 嵩張って安いものは持つだけ無駄だし、換金も面倒になる。

 周囲をもう一度見回して「思わぬ掘り出し物」がないことを確認すると、ヒルダは立ち上がって。


「よし、それじゃ……」

「ひいっ……!」


 そんな悲鳴をあげたビオレに気付き……「その理由」を見つけて「げっ」と呻く。

 その視線の先、扉の外。

 アルフレッドに斬り倒されたはずの盗賊達の死骸が、ゆっくりと起き上がろうとしているのが見えたのだ。


「う、嘘でしょ……アンデッド化!? いくら何でも早すぎ……!」

「ビオレは下がっていろ! ヒルダ!」

「え! な、何!?」


 青ざめた顔で後ずさるビオレを受け止めて、ヒルダは「まさかあたしも戦えって事じゃないわよね」と考える。


「ビオレを守ってやってくれ」

「え、あ、うん!」

伝説解放オープン……『アスカ退魔録』・七支刀!」


 抜き放ったアルフレッドの剣が七支刀に変化し、そのまま小屋を飛び出したアルフレッドは手近なアンデッドを切り裂く。

 清浄な青い光を放つ七支刀は、「アスカ退魔録」における退魔の剣。作品内において振るうだけで低級な悪霊などを打ち払ったその剣は、盗賊のアンデッドをも一撃で絶命させる。


「ア、アアアアア……」

「オアアアア……」


 その七支刀の力を感じて集まってくる盗賊アンデッド達を見据え、アルフレッドは叫ぶ。


「死して尚、人を害しようとする盗賊よ! このアルフレッドが許しはせん!」


 切り裂く度に盗賊アンデッドが浄化され、盗賊アンデッドの振るう剣もアッサリと弾かれアルフレッドに浄化されていく。

 黒いマントを翻し戦うその姿は、まさに英雄譚の主人公そのもので。


「うっげえ……あのセリフ、素で言ってんのかしら……」

「アルフレッド様……」


 アイツ正気かしら、という目で見ているヒルダと、恋する乙女の目のビオレが、実に対象的であった。

 ……そしてアルフレッドと盗賊アンデッド達の戦いはアッサリと終わり、ビオレが歓喜の声をあげてアルフレッドへと駆け寄っていく。

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