アンデッドの謎と凄い馬

「アルフレッド様……っ!」

「ビオレか。まだ何があるか分からない。小屋の中に居た方がいい」


 アンデッドは浄化したが、女のアンデッドを倒した時の盗賊の死体を放置したままだ。

 アレがアンデッドになっていないとも限らない。


「は、はい。すみません、私ったらつい……」

「いや、怒っているわけではない。だが助けた人が危ない目にまたあってしまうのは辛い……出来る限り安全なところに居てほしいんだ」


 後ろで聞いていたヒルダは微妙な顔をしているが、ビオレは目にハートを浮かべそうな勢いで何度も頷いている。


「はい、はい! アルフレッド様……!」

「いい子だ」


 ビオレの頭を軽く撫でると、アルフレッドは浄化された盗賊アンデッド達を見回す。

 あの盗賊達がアンデッドになるまで、然程の時間はたっていない。

 しかし、あの女アンデッドに倒された盗賊達は今よりも余程長い時間がたっていたはずなのにアンデッド化しなかった。その差は何処にあるというのか?


「……ヒルダ。君はアンデッドに詳しかったな」

「ちょっと、人聞き悪い事言わないでよ。あたしが知ってるのは常識程度の事よ」


 ネクロマンサー扱いされては困るとばかりにヒルダが抗議の声をあげるが、アルフレッドから返ってきたのは「そうか」という返答だけだ。


「その常識の範囲で答えてほしいんだが、アンデッドというものは死んでからこれ程までに短い時間でなってしまうものなのか?」


 言われて、ヒルダはアハハと声をあげて笑う。


「何言ってんのよ、有り得ないわよ。だってそれじゃ葬式なんかはアンデッド祭、に……」


 言いかけて、ヒルダは「……うん」と呟く。


「……そうなのよ。こんな短時間でアンデッド化なんて有り得ないわよ。え、でも……それならなんで?」


 基本的に、放置された死体がアンデッドになるまでは三日から一週間、あるいはそれ以上かかる。

 その間に適切な処理をされればアンデッド化することはなく、即日でアンデッドになるなどという例はない。

 その程度は盗賊として裏の仕事もする罠士の常識であり、それ故に先程の盗賊のアンデッド化は「本当に有り得ない」出来事だったのだ。

 アルフレッドがあまりにも印象的すぎるせいで、そんな事をすっかり忘れてしまっていた。


「……何かある、ということか」

「だとすると、ヤバいわよ。こんな森、さっさと抜けないと!」


 もしこれが人為的な何かであるならば、とてもではないが人間の仕業だとは思えない。

 死体を操るネクロマンサーだって、そんな凄まじい技は使えないはずだ。


「……確かに。俺一人であれば調査もやぶさかではないが、今の状況ではな……」

「そういうのはいいわよ! ここ、森の中でも結構深いとこなのよ!? 馬でもあればともかく、徒歩じゃ抜ける前に夜に……!」

「そ、そういえば夜にはアンデッドが活性化すると聞いた事があります……!」


 青ざめるヒルダとビオレを前に、アルフレッドは落ち着いた表情でふむ、と頷く。


「馬があればいいのか」

「そうよ、でもないでしょ!? まさか森の中で捕まえるとかほざくつもりじゃないでしょうね!」

「いや、そんな事はしなくてもいい」


 そう言うと、アルフレッドは二人から離れた場所へと歩いていく。


「あ、ちょっと何処に……」

伝説解放オープン。『ラグナロクサガ』・スレイプニル!」


 アルフレッドの詠唱と共に現れたのは、通常の馬と比べると遥かに巨大な八本足の黒馬。

 立派な馬具をつけたその姿は騎士の乗る軍馬のようではあるが、その八本足を見てヒルダが「ひえっ」と声をあげる。


「な、ななな……何それ! 新手のモンスター!? そんなもんで町に乗り付けたら大騒ぎになるじゃないの!」

「……そうなのか?」


 ヒルダだけではなくビオレも高速で首を縦に振るのを見て、アルフレッドは呼び出した馬……スレイプニルへと話しかける。


「そういうことらしいのだが……なんとかならないか?」


 その言葉が分かったのかどうか。スレイプニルの足が通常の馬と同じ四本へと変化しアルフレッドは「ありがとう」とスレイプニルの背を撫でる。


「四本になったぞ」

「なったぞ、じゃないわよおおお! なんなの、その馬! アンタ常識ないのもいい加減にしなさいよ!」

「何を怒ってるんだ。このスレイプニルはこういう馬なんだから仕方ないだろう」


 差別はよくないぞ、と真面目に叱るアルフレッドにヒルダは何かを言おうとして……しかし何も言えずに悶絶した後、大きく深呼吸して息を吐き出す。


「……うん、もういい。分かったわ。きっと八本足の馬なんて幻だったのよ。最初からその馬の足は四本だったわ。そうですよね、ビオレお嬢様?」

「え? えっと……そ、そうですね。そんな気もしますわ」


 アルフレッドからしてみれば、スレイプニルは元からそういう馬なのだから仕方ない程度の扱いだ。

 しかしヒルダやビオレからしてみれば八本足の馬なんてモンスターだ。

 そういうのを飼うテイマーがいないわけではないが、威圧感がテイミングされたモンスターの比ではない。

 こんなものが八本足のまま街に向かって走ってきたら、警備兵は大パニックのはずだ。


「なんだか分からないが、落ち着いたみたいだな」

「そーね」

「あ、あはは……」


 流石のビオレもこの件に関しては擁護できないのか苦笑するが、それでも馬に乗ったアルフレッドが手を差し出すと再び目を輝かせる。


「さあ、ビオレ。こっちに」

「はい、アルフレッド様……!」


 アルフレッドに抱えあげられてビオレがアルフレッドの前に乗ると、ヒルダもひらりとアルフレッドの後ろに乗る。

 そんな三人乗りしても大丈夫なほどの馬であるスレイプニルだが、それでも結構キツキツではある。

 自然とヒルダもアルフレッドに抱き着くような形になるのだが、本人は顔色一つ変えはしない。


「よし、行くぞ……スレイプニル!」

「ブルルルッ!」


アルフレッドが手綱を握って叫ぶと同時に、スレイプニルはズドン、と凄まじい音を立てて森の中を走り始める。


「ひ、ちょ、速……ひえええええ!」

「きゃ、きゃああああああ!」


 悲鳴をあげる乙女二人と動じないアルフレッドを乗せたまま、スレイプニルは森の中を駆けていく。

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