アルテーロの町と町長と〇〇
その日のアルテーロの町では、厳戒態勢が敷かれていた。
その原因は町長の娘ビオレの失踪、あるいは誘拐事件。一昨日の昼頃から行方不明となってしまっている彼女を探して町中が大騒ぎになったのが昨日のこと。
町の入り口の警備兵がビオレの出入りを確認していないことから町中の何処かに監禁されているのではないかという話も出たが、今のところ見つかってはいない。
まさか警備兵の監視をすり抜けて町の外へ……という話も出たが、一人でそんなところに行くとも思えない。
するとまさか盗賊団……という話になったのが今朝の事である。
しかしながら、盗賊団相手となると町長が使える程度の私兵では荷が重く、警備兵はあくまで町を守るための戦力。
となると戦士ギルドや魔法士ギルドあたりに頼むしかないが、アルテーロの町の戦士ギルドも魔法士ギルドも然程大きな規模ではなく、最高でもE級くらいの者しかいない。
登録したばかりの者がG級なのを考えると中堅と言えないでもないが、町長としては頼りない。
他に頼れる者……というと、居ないでもないのだが……あまり町長としては頼りたくはなかった。
その「頼りたくない者」本人は超乗り気で、今も町長の部屋で熱弁を振るっている。
「だからドルマ殿! 僕に任せてくれればいいのだ! 僕と僕の部下で盗賊などあっという間に見つけビオレ殿を助け出して見せよう!」
「いや、しかしですなラボス様……貴方様のお手を煩わせるなど……その、お礼も満足には出来ませぬし」
「気にすることは無い! 愛するビオレを救う事こそが報酬! どうしてもというのであれば、ビオレを貰い受けることを承諾してくれればいい!」
そう、目の前の男……ラボス・フルシードはフルシード男爵家の三男。この地方を治めるフルシード男爵家の息子であり、ドルマからしてみれば雲の上の人間だ。
そんなラボスがやってきてビオレを貰っていきたいとドルマに告げたのが、丁度半年前だっただろうか。
普通に考えればこれ以上ないくらいに良い話なのだが、ビオレが異常に嫌がった為に断っていたのだ。
その理由はドルマには分からないのだが、つい最近またやってきたラボスはビオレの為に自ら動くとまで言っている。
恐らくこの話を受けてしまえば、もうビオレとの話には反対できないだろうが……何よりもビオレの命の方が大事だし、ここまで大切に思ってもらえるならば良いのではないか。
ドルマがそう考え、承諾の為に口を開こうとすると……突然、部屋のドアが乱暴に叩かれ執事が入ってくる。
「だ……だだだ、旦那様! 大変でございます!」
「なんだ! ラボス様の御前だぞ!」
「は、はい! 申し訳ありません! しかし、大変なのでございます!」
「全く……ラボス様、申し訳ありません」
「気にすることは無い。ビオレの事を思えば一秒も惜しいが、貴家の大変な話とやらも大切ではあろう」
鷹揚に答えるラボスに頭を下げると、ドルマは執事を睨みつける。
「何があった。まさかまた暴れ猪がどうのとかいう話ではあるまいな?」
「い、いえ。そ、それがお嬢様が!」
「なに!」
「なんだと!」
お嬢様、という言葉に反応してドルマとラボスは同時に立ち上がる。
「帰ってきたのか!?」
「は、はい! 何処かの騎士と思わしき方に連れられて戻ってこられました!」
騎士、という言葉を聞いてラボスがすでにお付きの騎士を派遣していたのかとドルマはラボスを見るが、ラボスの驚いた顔を見てその考えを引っ込める。
ラボスは関係ない。となるとフルシード男爵領の他の騎士か、それとも騎士に見えるだけの流れの戦士か。
どちらにせよ、愛娘を救ってくれたのであれば何の問題もない。
「そ、そうか! それでビオレは!」
「はい、それが……警備兵がとりあえずビオレお嬢様だけでも先にこちらにお連れしようとしたところ、命の恩人を置いて行くことなど出来ないと仰られたそうで……」
「……なるほど、ビオレの言いそうな事ではある」
ビオレの恩人とはいえ、町に入るならば一定の手続きがある。その間ビオレが一緒にいる理由は無いはずなのだが……まあ、町中で誘拐されたかもしれない以上、警備兵よりも恩人の男の方が頼りになるのはドルマとしても同意するところではあるし……一緒に屋敷まで戻ってきて改めてお礼をしたいと考えるのも当然だろうとは思う。
……だがまあ、その辺りは些細な問題だとドルマはラボスへと向き直る。
「ラボス様。どうやら娘が見つかったようです。お手を煩わせずに済んでようございました。しかし、これ程までに大切にされて娘も果報者でございます」
「いや……ああ。そうだな、何事も無くてよかったが……その騎士らしき男、とやらは何者なのだろうな?」
「さて。何処かの流れ者ではございましょうが」
険しい顔のラボスにドルマは「活躍の場をとられたのが気に食わないのだろうな……」などと考える。
実際ラボスが動いていればラボスからの求婚を断るのは難しかっただろうし、その直前までいってはいた。
しかし、ドルマがラボスについて考えたのはそこまでだ。ラボスが帰らない以上は愛する娘の下へと飛び出していくわけにもいかず、ドルマは表情にも態度にも一切出さずにソワソワとするのだった。
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