アルテーロの町と帰ってきた少女

 走る。

 三人もの人間を乗せたスレイプニルは、それを感じさせない速度で走る。

 スレイプニル。北欧神話に曰く最高神オーディンの騎乗する最高の馬と称されしもの。

 このスレイプニルは神話に謳われるものではなく「ラグナロクサガ」の世界に生まれしものではあるが、そうであるが故に設定されたその最高の神の馬としての能力を確かに保有していた。

 具体的には人の言葉をも理解し……これは偶然生まれた能力ではあるのだが作中で一部作画ミスにより足が四本になっていたことで、四本足になる能力をも保有していた。

 その背に乗るのはオーディンではないが、スレイプニルが文句を言うことは無い。

 言っているのはむしろ、スレイプニルに今の主人アルフレッドと共に乗っている盗賊少女達であった。


「きゃああああああああ!」

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 待って、一旦止まって! 止ま……止まれ馬鹿ァァァ……!」

「心配するな、町が見えてきたぞ!」

「町より先に冥界が見えるわよアホー!」

「ははは、元気だな! その調子だ、それ!」

「いやああああああ!」


 一人だけ余裕のアルフレッドにしがみつく少女二人だが、確かに三人の向かう先には町が見えている。

 少しずつ速度を落としていくスレイプニルではあるが、それでも普通の馬をぶっちぎる程度には速く、そんな規格外の馬に乗る三人を見て町の入り口を守る警備兵達は一気に騒がしくなる。


「な、なんだ!?」

「馬!? いや、あれは騎士……って待て、あの馬に乗っているのは!」


 アルフレッドの胸元……といっても胸部鎧で覆われたそこに抱き着くように顔を埋めているビオレの姿を確認し、警備兵達が騒ぎ出す。

 しかもそのビオレに抱き着かれているのは、これでもかというくらいに立派な装備を纏った騎士のような男。

 自分達の眼前まで走ってきた馬が停止すると同時に、馬上の騎士らしき男……アルフレッドが警備兵達に声をかける。


「お尋ねするが、ここはアルテーロの町で相違ないか?」

「あ、ああ。確かに此処はアルテーロの町だ。それより騎士殿、貴方が前に乗せているその子だが……」

「この町の町長の娘だと……そう、名はビオレと聞いている。ほら、ビオレ。着いたぞ」

「ふ、ふへ?」


 猛スピードに翻弄されて疲れ切った顔のビオレだったが、警備兵二人に注目されている事に気付くとハッとしたように乱れた髪を手櫛で整え始める。その様子を見て、警備兵達は「おお……」と声を上げる。


「やはりビオレお嬢様! ご無事でしたか!」

「は、はい。アルフレッド様に……こちらの方に救われました」

 

 顔を赤らめてアルフレッドに寄り添うビオレに、警備兵達は感嘆やら嫉妬やら安堵やら……様々なものが入り混じった息を吐く。

 母親似の美少女であるビオレはアルテーロの町でも人気が高く、密かなアイドル扱いだった。それを救ったのが物語の中から飛び出てきたような騎士ともなれば、対抗しようとする気すら起こってはこない。

 

「とにかく町長も心配されています。まずはお屋敷に参りましょう」

「騎士殿、感謝いたします。お嬢様は私達が親元へとお送りしますので、まずは詳しい事情をお伺いできれば……」

「ああ、分かった」


 警備兵達の手を借りてビオレが馬から降りた後、警備兵達はアルフレッドの後ろにしがみ付いている「もう一人」の存在に気付く。


「ん? そっちは……見た顔だな」


 目を回しているヒルダを見ていた警備兵だが、ビオレ以上に優先すべきことでもないと視線を外して、その間にもアルフレッドはぐったりとしたヒルダを抱えてスレイプニルからひらりと降りる。


「この子はヒルダ。罠士だと聞いている」

「罠士……? あー……」


 罠士が盗賊もどき……実は盗賊そのものになることもあるのだが、それはさておいて。そういうグレーな連中の一人であることに気付いた警備兵が一気に胡散臭いものを見る目になってヒルダをジロジロと見る。


「今回、ビオレを救うことに協力してくれたんだ。そんな目で見ないでやってくれるか?」

「あ、いえ……はっ、申し訳ありません」


 苦笑するアルフレッドに警備兵はばつが悪そうに視線を逸らし、話題を変えるように「そういえば」と手を叩く。


「ビオレお嬢様。ラボス様も心配されておられました。とにかくまずはお屋敷へ」

「嫌です!」


 ラボス、という言葉を聞いた辺りで、ビオレはアルフレッドの腕に自分の腕を絡ませる。

 そのついでに羨ましそうにアルフレッドの腕の中のヒルダを見つめるが……それはさておき。


「命の恩人であるアルフレッド様を置いて私だけ町に入ろうなどと、そんな恩知らずな事は出来ません!」

「は? いえ、しかしそちらの騎士殿……アルフレッド殿でしたか? 今回の件の経緯を伺うだけですのでビオレお嬢様が心配されるようなことは」

「いいえ、いいえ! 救われた私自らエスコートするのが礼儀というものです。そうでしょう?」


 控え目で箱入り娘という印象の強いビオレの主張に、警備兵達は顔を見合わせる。

 そこまで強硬に主張されてしまっては、彼等の立場では否とも言えない。


「わ、分かりました。では町長にはこちらから遣いを出しますので……どうぞこちらへ」


 言いながら、警備兵はアルフレッド達を門の内側に併設された小屋へと案内していく。

 アルフレッドは表面上は穏やかにそれに従いながら……微かに震えながら自分の腕にしがみ付くビオレに、僅かにその視線を向けていた。

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