詰所と男らしいフラグレンス

 門の中に広がっていたのは、石造りの街並み。

 あまり整備されているという印象がないのは、何処となくゴチャゴチャとしているからだろうか。

 土が剥き出しになった道は乾くと埃っぽくなるのか、店先で水を撒いている男もいる。

 

「どうされました、アルフレッド殿?」


 足を止めたアルフレッドが気になったのだろう、警備兵がそう声をかけてくる。


「いや、この辺りで一番大きな町だと聞いていたからな」

「ははは、確かにこの辺りでは一番ですが……半端な田舎ですからね。騎士殿のような方には野暮ったく見えるでしょう」


 そう、アルフレッドの所作は「黄昏の騎士伝」の主人公に相応しい洗練されたものだ。所謂貴族的なものなどを知っているわけではないが、「そういう動きをする」と設定されているからだ。アルフレッドにとってはこれが普通であり、それ故に曖昧な笑みを浮かべる。


「俺などたいした男ではない。ただ……そうだな……」

「アルフレッド様?」


 人の営みが愛おしい。

 アルフレッドは、そう思う。世界を救うと定められながらも何も出来なかった男であるから。

 始める前に終わってしまっていた男だからこそ、「当たり前」が眩しく見える。

 しかし、それを表す言葉が見つからずにアルフレッドは「いや……」と呟く。


「平和とはいいものだな、と思っただけだ」

「……そう、ですね」


 その言葉にビオレのアルフレッドを掴む力が少し強くなる。先程の事もそうだが、ビオレが何か不安を抱えている。それを感じ取ったアルフレッドはビオレに声をかけようとして。しかし、そこでアルフレッドに抱えられていたヒルダが小さく呻く。


「う、うう……ロゴスが、ロゴスが追ってくる……」

「ロゴス?」

「死期を知らせるという獣ですわ。黒い犬に似ていて、誰かが死ぬ時に迎えに来るとか……」

「そうか……強い女性に見えたが、流石にアンデッドは恐ろしかったのだろうな」

「え、いえ。それは……」

 

 どちらかというと怖かったのはスレイプニルじゃないだろうか。

 今も手綱を引かれても居ないのに自分達の後をついてくる馬を振り返り、ビオレは言葉を濁す。

 どうにもビオレには、このスレイプニルという馬の目に高い知性の光が宿っているように見えてならない。

 そんな相手の前で「この子のスピードが怖かったんだと思います」とは言えずに「どうでしょうね」と誤魔化すに留めてしまう。


「ブルルル」

「ひえっ」


 耳の横で嘶くスレイプニルにビオレは思わず飛び上がりそうになるが、アルフレッドの腕を強く掴んで何とか耐える。


「元気を出せとでも言っているのかもな」

「そ、そうなのでしょうか……」


 鼻でも撫でてあげた方がいいのだろうか、などとビオレが考えていると、遠慮がちな咳払いが聞こえてくる。


「あの……大変申し訳ないのですが。段々と町の住人の注目も集まっておりますので、その……」


 そろそろ歩いてくれないだろうか。そう言いたげな警備兵の視線にビオレは顔を真っ赤にし、アルフレッドは「すまない」と謝罪する。

 そうして辿り着いた警備兵達の詰所の小屋はそれなりに立派で、重たい木の扉を警備兵が開けるとゴチャゴチャとした室内が露わになる。


「うっ」

「……いや、お恥ずかしい」


 へこんだ兜や持ち手が壊れたらしい盾、どうしてそうなったのか柄がなくなっている剣……更には汚れた服などが重なり置かれている室内を見て、警備兵は室内でダレていた男達を一喝する。


「おい、片せと言っただろう! ビオレお嬢様にお前等の恥を見せつけるつもりか!」

「へ、ビオレお嬢……げっ!」

「今すぐに! あ、ビオレお嬢様、ご無事で何よりです!」

「ところで隊長、そのご立派な男はなんですかね!」

「いいからさっさと動けグズ共!」


 隊長と呼ばれた警備兵が更に一喝すると男達は洗濯物やら壊れた装備やらを抱えて何処かに駆けていく。

 まさか外に放置するわけにもいかないだろうから何処かの部屋に詰め込むのだろうが……そうやって「とりあえず汚れ物の消えた」机と椅子を警備兵はアルフレッド達へとすすめる。


「お見苦しいところを申し訳ない。どうぞお座りに……あー、そちらの方は……」

「休めるところがあると良いのだが……」


 未だ気絶したままのヒルダを抱えるアルフレッドに、警備兵は微妙な顔をする。


「仮眠室はある……のですが、あー……男臭いのであまり女性には……」

「そうか」


 アルフレッドは腕の中のヒルダを見下ろすと「まあ、大丈夫ではないだろうか」と呟く。


「床に寝かせるよりはいいように思う。早速案内を……」

「ちょっと待った」


 言いかけたアルフレッドを、目を開けたヒルダが必死な目で見上げていた。


「目が覚めたか」

「なんか分かんないけどアンタ、とんでもないことしようとしてなかった!?」

「起きないからベッドに寝かせておこうと思っただけだが……」


 心外だ、という顔で見下ろすアルフレッドにヒルダは思案し……やがてアルフレッドに「おろしてちょうだい」と囁く。

 そうしてアルフレッドの腕から抜け出ると、照れくさそうな顔で「なんか迷惑かけたみたいで悪かったわね」と呟く。

 まさか男臭い香りの充満する仮眠室に運ばれそうだったと知れば激怒するだろうが、言わぬが花というものだ。


「で、どういう状況なの? ここ何処?」

「アルテーロの町の警備兵の詰所だ」


 そう答えるアルフレッドに後ろ暗いところが山のようにあるヒルダは「うげっ」と呻いた。

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