詰所と状況説明

「なんで詰所なんかに……って、あー……」


 言いながらヒルダはビオレに視線を向けるが、警備兵に睨まれてサッと目を逸らす。


「で、何処まで話が進んだの?」

「何も。これからだ」

「あっそ」


 そう言うと、ヒルダは警備兵に笑顔を向ける。


「えーと、こんにちは。罠士ギルド所属のヒルダです」

「ああ、何度か見たことがあるな。で?」

「いえ、状況説明を担当させていただきたいと思いまして」


 ヒルダの提案に警備兵は少しだけ嫌そうな顔をする。

 罠士ギルドの連中は彼のような治安維持を担当する者からすれば胡散臭いし、しかし無ければ様々な事が立ち行かないギルド組織の一つでもある。

 個人的には信用したくないのだが……正面からそれを言うわけにもいかず、渋々と頷く。


「……いいだろう」

「では、早速。ビオレお嬢様ですが、森の中に存在する盗賊団に誘拐されていたようです」

「やはりか……」


 それは可能性の一つとしてはあった。

 だが問題は警備兵の隙をどう突いたのかであり、その辺りに罠士ギルドの関連があると睨んでいた。


「で、お前はどうしてそれを知ったのだ?」

「はい。あたしは罠士ギルドの一員ではありますが戦士ギルドの一員でもありますから。腕を磨く為に森で特訓してまして。偶然森で出会ったそちらのアルフレッドと共に……まあ、これも偶然だったんですが盗賊と遭遇しまして、なし崩しにその本拠地で乗り込んだところ……」

「偶然にビオレお嬢様を見つけた、と?」

「ええ、アルフレッドが盗賊が許せないというので付き合ったのですけど、そうしたら偶然に」


 そんなに偶然が連続してたまるか、と警備兵はヒルダを睨みつけるが……ビオレからもアルフレッドからも否定する言葉は出てこない。

 まあ、ヒルダは助けられてからの事しか分からないし、アルフレッドもヒルダ自身の件を除けば大体間違っていないからいいか……などと考えているだけなのだが。


「アルフレッド殿……今の説明に誤りはありますか?」


 だから、そんな警備兵の問いかけにアルフレッドはこう答える。


「大筋では間違っていないと思う。ただ、追加するべき点はあるな」

「追加するべき点、ですか?」

「盗賊共が殺した被害者女性と思われるアンデッドに遭遇している。それと盗賊共が倒した後にアンデッドになった。ヒルダによれば、これは普通ではないことらしいが?」

「アンデッド!? 森にですか!」


 警備兵は驚きの声をあげ、近くにいた別の警備兵に声をかける。


「おい、アンデッド発生だ! すぐに神官殿に連絡を……」

「ああ、そのアンデッドは倒した」

「は?」

「倒した。他に森の中に潜んでいれば分からんが、遭遇したものに関しては倒している」


 アルフレッドの言葉に警備兵はしばらくその意味を考えるように無言。

 そして少しの時間の後、先程声をかけた仲間に再度声をかける。


「……念のため、神官殿に連絡を。戦士ギルドにも護衛の依頼を出しておけ」

「はっ」


 走っていく仲間から視線を外し、警備兵はふうと息を吐く。


「……いや、申し訳ありません。アルフレッド殿を疑うわけではありませんが、アンデッドというものは厄介でして」

「いや、構わない。とにかく、そういうことだ」

「……了解しました。町長からも何かがあると思いますが、この町の警備兵を代表してお礼を。特に謝礼を出せないのが心苦しいのですが……」


 依頼を出しているわけではない以上、警備隊の予算から謝礼金を出すわけにもいかない。

 無償で働かせる形になったのは、警備兵としては何とも申し訳ない気持ちではあった。


「いや、構わない。謝礼の為に盗賊を倒したわけでもない」

「ご立派な志です。アルフレッド殿は、何処かの騎士殿なので?」

「……いや。放浪の剣士に過ぎない」

「そうですか。装備も整っておられますから、てっきり何処かの騎士殿かと」


 その言葉に、アルフレッドは曖昧な笑みを浮かべる。

 確かにアルフレッドは「黄昏の聖騎士」ではある。

 しかし、その黄昏の聖騎士とやらがどんな存在であるかも知らないアルフレッドにとってはたいして意味のある称号でもないし、この世界においては何の役にも立たない。


「とりあえず、町長に遣いは出しています。すぐに迎えが……」


 そう言いかけた時、詰所の扉が乱暴に開かれる。

 何事かと全員が入り口に目を向けると、そこから立派な揃いの服を纏い剣を腰に差した二人の男達が踏み込んでくる。


「な……っ、フルシード男爵家の!? 此処は警備兵の詰所ですぞ! 勝手に入ってこられては……」

「黙れ、街の警備兵風情が。我等とてこのような場所にラボス様をお連れするのは不本意なのだ」


 ラボス。その名前に警備兵は思わず顔を歪ませる。

 この町のアイドルでもあるビオレに手を出そうとしている、フルシード男爵家の三男。

 本人は偉ぶっていないつもりのようだが、その他人を見下す目を隠せるはずもない。

 そして、その本人が騎士の後ろから現れる。


「ああ、ビオレ殿。ご無事で何よりだった……僕が来たからにはもう何も怖くないぞ」

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