ラボスという男
「ラボス様……困ります、こんな……!」
「フン、田舎町の警備兵如きが口を出すな。不敬だぞ」
腰の剣に手をかけるフルシード家の騎士達に警備兵達も反応を見せるが、まさか先に抜剣するわけにもいかない。その様子にラボスは馬鹿にしたように鼻を鳴らすが……すぐにその顔は苦々しいものになる。
彼の目的であるビオレを庇うように立つ、アルフレッドの姿が目に入ったからだ。
「……なんだ、お前は」
「アルフレッドだ。話を聞く限り、この子を迎えに来たようにも聞こえるが……」
「その通りだ。そこをどいて貰おうか?」
「残念だが、それは出来ない。この子が脅えている」
「なっ……!」
ノータイムでの拒絶に、ラボスの顔が驚愕に満ちたものになる。
自分の命令を断る者などいるはずもない……その常識が、崩されたのだ。
ラボスの周囲の騎士達も思わずザワつくが、すぐに厳しい視線をアルフレッドへと向けてくる。
「……面白い事を言う。だが、僕が誰だか分かっていないようだな? 僕は」
「お前が誰であろうと関係ない」
ラボスの自己紹介を、終わる前にアルフレッドは遮る。
「たとえお前が国王であろうと、俺には一切関係ない。今大切なのは、この子が脅えているという事実だ。その原因がお前だと推測できる以上、引き渡しには応じない」
そのアルフレッドの啖呵にラボスも警備兵達も絶句し、ヒルダが「あちゃー……」と呟く。
渡して殺されるわけでもないのだから引き渡せばいいとヒルダは思うのだが、正義バカのアルフレッドではそうはならない。
ラボス……フルシード男爵家のバカ息子については罠士ギルドでも情報が入っていたから知ってはいたが、アルフレッドが印象的過ぎてすっかり忘れていた。
「ぐっ……おい!」
「はっ」
ラボスの命令に反応し騎士達が剣を抜こうとするが、警備兵がそこで大声をあげる。
「お待ちを! アルテーロの町の治安維持は我等が男爵様より賜った権利! 如何にラボス様といえど、それを侵す事は許されませんぞ!」
「なにい……?」
「この場で抜剣されるとあらば、我等は戦わなければならなくなります……!」
そう、各町の警備兵とは町の予算で雇ってはいるが決して町長の私的な部下ではない。
その目的はあくまで町の治安の為のみにあり、地域を治める領主の管理下にあるとされている。
つまりこの場合はラボスの父であるフルシード男爵の部下ということになり、ラボスの命令を聞く謂れはない。
勿論、配慮する必要はあるのだが……町の治安に関する事項に関してはその限りではない。
「……俺が誰だか分かって言っているのだろうな?」
「分かっているからこそお願い申し上げております! それにこの方は彼女を救ってくださった命の恩人! 無体な真似はおやめください!」
警備兵の必死の叫びに……ラボスは舌打ちをすると「戻るぞ」と言い捨て身を翻す。
その言葉に従うようにラボスの騎士達も身を翻し……三人は、そのまま詰所から出ていく。
「はあ……アルフレッド殿、無茶はよしてもらいたい。貴方も腕はたつのだろうが、相手はフルシード男爵家の騎士だ。流石に勝ち目はないぞ?」
「そうか」
分かった、とは言わずにアルフレッドは短く答える。
何故なら、分かってなど居ない。もし同じことがあればアルフレッドは躊躇いなく迎撃するつもりだからだ。
それよりも、アルフレッドにとっての問題はビオレだ。アルフレッドは自分の後ろで震えるビオレへと振り向くと、優しく声をかける。
「……君はあの男に脅えていたな。何か、あるのか?」
その問いかけに警備兵の男が思わず辺りを見回すが、もうラボス達はいない。
ビオレもそれを分かっているのだろう。アルフレッドを潤む目で見つめると、その胸に縋りつく。
「アルフレッド様……!」
「大丈夫だ。あの男はもう居ない……まさか、何かされたのか?」
「あ、アルフレッド殿……」
怖い発言はよしてくれ、と警備兵の男が言いそうになった矢先。
「怖いのです……。あの方から、深い闇の匂いが漂っているような気がして……体が、竦んでしまうんです……!」
「闇の、匂い……?」
アルフレッドの頭の中に、女神ノーザンクの言葉が蘇る。
アルフォリアは危機的状況にある、と女神ノーザンクは言っていた。
ならば、その闇の匂いというものは……そしてアルフレッドが森へと送り込まれたのは、ビオレを救い「闇の匂い」とやらの正体を暴く事ではないのだろうか?
「……警備兵殿、ヒルダ。闇の匂いというものに心当たりは?」
「いえ。恐らくは魔法的な話だとは思いますが……」
「あー……あるっちゃあ、あるんだけど……」
首を横に振る警備兵とは違って、ヒルダは言い辛そうにそう呟く。
「でも、アレってラボス・フルシードでしょ? 貴族よね? もしそうだとしたら、結構ヤバい話だと思うんだけど……」
「……聞かせてくれ」
真剣な表情で問いかけるアルフレッドに、ヒルダは「うーん」と唸る。
「……念の為聞いておきたいんだけど、どうするつもり?」
「悪ならば断つ」
「うん、ごめん。マジ勘弁。あたし、まだ指名手配とかされたくない」
ヒルダはそう言うと、首を横に振って拒絶の意を示した。
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