貴族怖い

 場を包んだのは、何とも言えない無言の空間。

 確かに何かあるならばアルフレッドに聞かせて解き放つのは物凄く拙い。

 今すぐにでも斬りに行きかねないし、実際出来てしまいそうなのが更に拙い。

 しかし、それをされてしまうと情報を渡したヒルダまで指名手配されかねない。


「……ヒルダ」

「ダメダメ。絶対ダメ。あのお貴族様に手を出さないって約束するなら教えるけど」

「それは出来ない」

「ならダメ」


 即答するアルフレッドに、ヒルダもそう返す。だが、それで諦めるアルフレッドではない。


「君がそこまで言うということは……何か確実にあの男が悪だという証拠があるんだな?」

「えっ」

「な、無いわよそんなもん! 怖い事言わないでよ!」


 警備兵の男が思わずピクリと動いたのを視界に入れながら、ヒルダは慌ててそう答える。


「ただ単に闇の匂い云々の話でしょ!? やめてよ、聞かれたらどうすんのよ!」

「ならいいじゃないか。単にその程度の話だ」

「アンタ、その程度の話で動きそうだから怖いのよ!」


 ジリジリと迫るアルフレッドから、ジリジリとヒルダが後ずさって逃げる。

 警備兵もビオレもそんな二人にどうしていいか分からずオロオロとしていたが……そうしている間にも、ついにアルフレッドはヒルダを壁際まで追い詰める。

 だがヒルダも横から逃げようとして……そのヒルダの進路を塞ぐように、アルフレッドの手が壁をドンと突く。


「ひっ」

「……そこまで嫌か?」

「い、嫌よ! いい!? 貴族ってのは手を出した後が面倒なの! 盗賊斬るのとはワケが違うの!」

「……」


 アルフレッドが何かを考え始めた間にヒルダは反対側から逃げようとするが……そちらにもアルフレッドの手が突かれる。


「な、何よもう! 脅したって言わないわよ!?」

「いや、そこまで言うのなら俺も譲歩しよう。「確実な証拠を掴む、あるいは自己防衛以外では手を出さない」でどうだ?」

「う……」


 確かにその条件であれば問題はない……かもしれない。

 貴族が特権階級とはいえ、何をしても処分されないというわけでもない。

 確実な悪事の証拠があるならばアルフレッドが斬ってしまっても……まあ、問題はない、かもしれない。


「それなら、いいかもだけど……でも「そういう話を聞いた事がある」レベルよ?」

「構わない、聞かせてくれ」

「うん。それと、どいて」


 言われて、ヒルダを壁に追い詰めていたアルフレッドはその体をどかし、ヒルダは安心したように息を吐く。

 真剣な表情のアルフレッドに迫られるのは心臓に悪いし、ビオレからの視線も痛い。何もいいことがないのだ。


「で、闇の匂い云々の話だけど。それって魔力の話で間違いないと思う」

「魔力……」

「罠士ギルドには幾つか「近づいちゃいけないタイプの奴」って申し送りがあるんだけど、その中に「闇の匂いのする奴」ってのがあるわ」


 闇の匂い。それは闇に香りがあるとかそういう物理的な話ではない。


「魔法的な素養がある奴限定なんだけど、なんとなく魔力を見分けられるらしいのよ。それは視覚だったり嗅覚だったりと色々あるらしいけど、嗅覚で判定できるうちのヤバいのが「闇の匂い」ってやつらしいわ」

「具体的に、どう「ヤバい」んだ?」

「呪術に手を出してる奴よ。具体的には……そうね、一例だけどネクロマンサーかしら」


 ネクロマンサー。

 死体を呪術で操り動かす魔法士の総称だ。魔法士ギルドでも嫌われやすいタイプの魔法士だが、真っ当なネクロマンサーは犯罪者の死体などを買ってアンデッドを作成したりするという。

 だがそんな「真っ当な」ネクロマンサーでもその性質上嫌われやすく、やっていい事と悪い事の境界が曖昧になることからお尋ね者になりやすくもある。

 他にもいくつか例はあるが、つまりそういう真っ当ではない魔法を使う者達から「闇の匂い」がしたりするということだ。


「ネクロマンサー……死体を操る、か」

「そういうこと。アンデッドを作るのもネクロマンサーの仕事だけど……ねえ、アルフレッド。アンタだって魔力使ってるでしょ? そういうの感じなかったの?」

「いや……特には感じなかったな」


 そもそも魔力と言われてもアルフレッドには良く分からないし、「恐らく正義ではない」程度の印象しかラボスには抱いていない。


「あの……ひょっとするとですけど」

「ん?」


 恐る恐る手を上げるビオレにアルフレッドが振り向くと、ビオレは顔を赤らめながら意見を言う。


「アルフレッド様は、その……真昼の太陽のように安心できる気配がしますから……打ち消されているのかもしれません」

「えっ」

「ん?」


 ヒルダが驚いたような反応をしたのに気づきアルフレッドが向き直るが、ヒルダは「なんでもない」と首を横に振る。


「とにかく、そういうことよ。呪術は嫌われちゃいるけど悪じゃないし、でも恐れられてもしょうがない代物よ。悪の証拠じゃあない。分かった?」

「ああ、そうだな。しかし、あの様子だとしつこそうだな……どうするか」


 悩むアルフレッドに、ヒルダは思いついたようにニヤリと笑みを浮かべる。


「ああ……それなら、いい方法があるわよ?」

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