黄昏の聖騎士、異世界へ行く
「ここは……」
何処とも知れぬ場所で、男は目を覚ました。
黄昏の色にも似た赤い鎧、闇の色のような黒いマント。腰に佩いた長剣。鎧と同じ色の髪は短く整えられ、同じく赤い瞳は慎重に辺りを見回す。
確か、そう。確か先程まで、男は大地を見下ろす崖の上に居たはずだった。
守るべき世界と、その行き先を案じながら……何故そんな事をしていたのかはサッパリ思い出せないが、確かそうしていたはずだ。それが何故、こんな場所に。
「……!」
そしてすぐに、男は気付く。この薄暗く広い部屋に、無数の人影があることを。
だが同時に、そのほとんどが倒れ伏している事に。
「な、なんだこれは……おい、君! 大丈夫か!?」
手近に倒れていた少女……どういうデザインなのか、まるで水着のような金属鎧を纏った少女に男は駆け寄る。少女の手には凄まじい力を感じる剣が握られており、まるで今さっきまで戦っていたかのような、そんな雰囲気さえ感じられるというのに。
「……死んでいる……!?」
その身体は冷え切っていて、男が目覚めるよりずっと前に息を引き取ってしまったのであろう事を容赦なく告げてくる。
その隣に倒れていた少年も同じ。ローブを纏い額に大きな宝石のついたサークレットをつけた少年もまた、死んでしまっている。
その奥にいる青年も同じ。男と同じような……いや、もっと派手で「本当に使えるのか」と言いたくなるようなデザインの鎧を纏った彼もまた、すでにその命の灯は消えている。
その隣も、その奥も、その隣も、全て……全て。
様々な格好をした年齢も性別もバラバラの彼等は、ただ一人の例外も無く息絶えている。
「何故だ……何故こんな! 此処は一体!? 俺はどうして……」
言いかけて、男は気付く。男自身の事。それが……全く、思い出せない。
「俺は……そうだ。俺は、誰だ……?」
思い出せない。
世界を救わなければならないという、強烈な衝動はある。
だが、それ以外の何もかもが思い出せない。
自分の纏う鎧や剣のことも、自分の名前も……昨日のことですら思い出せない。
「一体なんだというんだ……! 誰か、誰か居ないのか!」
「ああ、なるほど。目覚めたのは貴方というわけですね、黄昏の聖騎士」
「誰だ!?」
聞こえてきた声に男は振り返り……絶句する。
そこに立っていたのは、銀の髪の女。美しく長い髪を真ん中分けにしたその女の姿はこの薄暗い部屋の中でもうっすらと輝き……切れ長の青い瞳は、男の全てを見通すかのように煌く。
ありふれた言葉ではあるが、神々しいと。男はそんな風に感じてしまう。
「しかしまあ、当然の結果ではあるでしょうか。この中で一番軽いのは、貴方でしたから」
「一体何の話を……」
軽いと言われていい気もする者などこの世には存在しないだろうが、その言葉に不思議な不安感を覚えて男は女を見つめ返す。そんな不安を見透かしたのだろうか、女は見る者を安心させるような柔らかな笑顔を浮かべる。
「まずは、貴方の最初の疑問に答えましょう。私はノーザンク。アルフォリアの神です」
「神……アルフォリア……」
「次に「何の話か」ですが。貴方は……いいえ、貴方達は私の管理する世界「アルフォリア」に召喚されようとしているのです。それを私が妨害して今に至っています」
妨害。召喚というのは良く分からないが、呼ばれているということだろう。それがこの惨状ということは。
「では女神ノーザンクよ! この惨状は貴女の仕業ということか!」
「いいえ、それは違います。そもそも、実行されている召喚術式は破綻しているのです」
アルフォリアで現在実行され続けている召喚術式。それは異世界から「英雄」を呼び出すものだ。現状を打ち砕き召喚者の望む結果を生み出す、お伽話の英雄のような力と精神を持つ大英雄。その高望みしすぎた召喚条件は現実の人間を召喚する事はなく、しかし偶然「世界を救う事を望む幻想」へと接続されてしまった。
「OVA……オリジナルビデオアニメーション、というものらしいですね。とある世界の、とある時期に乱造された無数の英雄物語。その多くは終わりを記さないまま消えたそうですが、生まれた英雄達が消えるわけではありません」
止まった世界、停止した英雄達。その世界を救う事を望む意志は生き続け、しかしどうにも出来ぬままに朽ち果てていた。そんな彼等の意思……いや、遺志は召喚術式に応えたが、「停止」して長い彼等はとうに動けるような状態ではなくなっていたのだ。だからこそ、この場所を創って留めていたのだとノーザンクは語る。
「おーぶいえー……俺もまた、その物語の人物だというのですか、女神ノーザンクよ」
「その通りです、黄昏の聖騎士。貴方もまた「黄昏の聖騎士伝」と名付けられたOVAの主人公として定められた者。存在すれど登場せぬまま終わった「救えなかった者」の一人です」
そう、男の登場する「黄昏の聖騎士伝」は……とある世界のとある時期に乱造されたOVAの一つだった。世界を揺るがす本格ファンタジーとか銘打たれた黄昏の聖騎士伝は記念すべき第一章で主人公たる「黄昏の聖騎士」がオープニングアニメでしか出てこないという超斬新な構成で第二章への期待を煽ったのだが、様々な事情により第二章は永久に発売しないまま終わってしまった作品だ。
「故に、貴方がどんな英雄であるのか。貴方の名前すらも語られぬまま。だからこそ貴方は今、自分の事が何も分からないはずです」
「それ、は……」
確かに分からない。男は、自分の事が何も分からない。
しかし、だからといってそんな。
「……では、この身は全て幻だと……この想いも全て偽物だというのですか」
「その嘆きは理解しましょう。けれど黄昏の聖騎士よ、私は貴方の目覚めを一つの契機だと考えています」
「契機……?」
「はい。私はこれより、召喚術式を完全に遮断します。万が一の為にこの空間は残しますが……だからといって、新たな召喚術式が組まれる可能性は否定できません」
「それは……そうでしょうね」
アルフォリアなる世界が英雄を望んでいるのであれば当然、同じ事が起こるだろう。当然、同じように屍の山が出来てしまうのかもしれないが。
「だからこそ、私は貴方をアルフォリアへと送り込もうと思います。召喚術式に応えるのではなく、別の場所に……という形ではありますが」
「え……それは、私にアルフォリアを救う使命を授けるということですか!?」
男の中に、僅かな喜びが生まれる。救うべき世界も自分も幻。けれど、神から直々に使命を与えられるのであれば。
「その通りです。アルフォリアは、確かに危機的状況にあります。しかし世界の栄華も滅亡も、本来はその大地に生きる生命の手にあるべきもの。私も手を出すべきではないのですが……」
「何か、あるのですね?」
「はい。何者かによる干渉の気配を感じます。私はそれを探らねばなりませんが、もしそうであるならば企みを打破できる英雄は必要です」
だからこそ、とノーザンクは男へと告げる。
「黄昏の聖騎士よ、救うべきものを救えなかった空っぽの英雄よ。貴方に名と力を授けましょう」
まずは、名前を。
「貴方の名はアルフレッド。世界の名の一部を授けたことで、その身体はアルフォリアと強固に接続されるでしょう」
そして、力を。
「貴方に、この場に集いし全ての英雄達の力を授けます」
「そ、れは……!」
「今度こそ救うのです、黄昏の聖騎士アルフレッド。貴方に、この場に集った全ての英雄達の遺志と力を託しましょう。そして、私からもお願いします。どうか、アルフォリアを……」
倒れた英雄達の身体から、無数の光が溢れ出す。
それは先を争うようにしてアルフレッドの身体に飛び込み埋め尽くしていく。
そして、光に包まれたアルフレッドの視界が元に戻った時……そこに広がっている光景は、先程までのものとは全く違っていた。
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