セレナとの情報収集

 アルフレッドがセレナと一緒に宿を出ると、結構な数の人間が坂から港を見下ろしていた。

 先日のバッカス号の入港はそれだけ人々に衝撃と喜びを与えていたということであり、同時にそのバッカス号の行方不明が動揺と不安を与えてしまっている……ということのようだ。

 事実、セレナの姿を認めた町の人間がわらわらと近づいてくるが、その顔には隠し切れない不安の色がある。


「セレナさん、昨日の船が居なくなっちまったんです!」

「セレナさん! 昨日の船って何処かに出港しちまっただけですよね?」

「落ち着いてください。私達も、それを確認しに来ただけなのです」


 セレナの言葉には適当な気休めも何もなく、ただ単に事実を述べているだけだ。

 しかし、ただそれだけでも「落ち着かせる」効果はあったらしい。

 不安そうにしていた町の住人達は一人、また一人と散っていき……やがてアルフレッドとセレナを囲む者達は居なくなる。


「……不安なのだな」

「ええ。「海賊騒ぎ」の最中ですから、ただ単に船が港から居なくなるというだけでも不安なのでしょう」


 港である以上、船は常に出入りする。

 それは当然だというのに、そんな当然の事に不安を感じてしまうほどにナーバスになってしまっているのだろう。

 打たれ弱いといってしまえばそれまでだが、今まで順風満帆が常であったが故の状況とも言えた。


「実際、どう考えている?」

「今の状況では、なんとも。占いましょうか?」


 坂を降りながらのアルフレッドの問いに、セレナはそう答えて水晶玉を取り出して見せる。


「……いや、今はやめておこう」

「あら、信じておられませんか?」

「そういうわけではない。だが自分の目で確かめないうちに別のものに頼るのではな」


 そう答えたアルフレッドに、セレナは少しだけ興味を惹かれたようにアルフレッドをじっと見つめる。


「では、自分の目で確かめた後は信じると?」

「状況による。だが、全てを任せる事はしないだろうな」

「それは信じておられないという意味では?」

「違うな。責任を誰が持つかという話だ」


 たとえば、占いでこうであったからこうしよう、と決めたとしよう。

 それが当たった時には当然感謝するだろう。

 しかし、外れた時に「占い師が嘘を教えた」と怒るだろうか?

 勿論、アルフレッドはそうではない。占いを指標として外れた場合でも自己の選択を原因とする。

 それは「占いの結果」というものが単なる選択肢の一つであると理解しているが故であり、選択の責任はあくまで本人にあると規定しているからだ。


「たとえば俺の勘と占いのどちらかに頼るかという状況では、君の占いは重要な要素と成り得るのだろうな」

「なるほど……少しばかり占術士としてはプライドが傷つきますが、理解は出来ますね」


 占いに頼りすぎると、このバッサーレの町の住人のように心の安定をセレナに求めるようになるだろう。

 それが悪いと言うほどアルフレッドは人生経験があるわけでも上から目線なわけでもないが、単純にアルフレッドは「そうではない」というだけの話だ。


「そうか。プライドを傷つけたのであれば……それはすまないな」

「いえ。ですが、その方が好ましいです」

「……そうなのか?」

「ええ。私の占いに頼って頂けるのは嬉しいのですが……それが致命的な事態を招くこともありますので」


 まるで何かの実感が籠ったような言葉にアルフレッドは小さな引っ掛かりを覚えるが、占いを生業とする占術士であればそういうこともあるのだろうとも考える。

 実際、この町の人間のセレナに対する反応を見る限り……本当に重要な時にセレナの占いに全てを託してしまいそうな者が居たとしても、おかしくはない。


「危険、だな。それは」

「そうですね。勿論頼られる以上は全力で応えたいとは考えていますが……」


 そんな事を言い合いながら、アルフレッドとセレナは港まで辿り着く。

 そこには何人かの漁師と思わしき逞しい男達と、漁業ギルドマスターの姿もあった。


「おお、昨日の兄ちゃんと……セレナ殿! 見てくれ、これを……!」


 言いながら漁業ギルドマスターが差し出してきたのは、一つの木片。


「今朝、これと同じようなものが何枚か流れ着いてきている。あの船の破片じゃねえかと騒ぎになってな……」


 見せられたその木片は、確かにバッカス号のもの……に似てはいる。

 しかし木片の状態では他の船のものである可能性を否定しきれない為、漁業ギルドマスターとしても疑念という形で示す事しかできない。

 それは勿論アルフレッドだって同じだ。世の中には木片からどの船か理解できる者だっているのかもしれないが、少なくともアルフレッドはそうではない。


「なあ、セレナ殿。これは……」

「占うのは、今はやめておきましょう」


 漁業ギルドマスターが何かを言う前に、セレナはそう答え微笑む。


「まずは調べ、自分の目で見なければ。ですよね? アルフレッド様」

「……そうだな」


 頷くアルフレッドとセレナを見て、漁業ギルドマスターも「そ、そうだな……」と頷いてみせる。


「しかし、どうやって調べるつもりなんだ? 船が無いのでは」

「バッカス号が無くとも何とかなる。実際、昨日はそうしただろう?」

「ん。そりゃまあ、な」


 アルフレッドの言葉に漁業ギルドマスターは納得したように言う。

 船の都合をつけなかったのを知っているのだから、それに関しては疑う余地など何もない。

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