セレナとの情報収集2
「だが、それなら今日は別の船で行くって事か?」
「そうだな……」
どちらにせよ、海に出て探さなければどうにもならない。
となると再びヴァルツオーネ号を出して探すのが良いだろうか?
いや、海賊でない事は分かっているのだから別の船を使ってもいいだろうか。
「とりあえず、海に出なければ何も分からないからな」
「まあな……情けない話ではあるが、こっちじゃ何も新しい情報はねえ」
ふう、と息を吐く漁業ギルドマスターに、アルフレッドはふと思いついた疑問を口にする。
「そういえば、だが。この町の戦士ギルドの者達は海に出ないのか?」
リベンジということで「海賊」を探していてもおかしくはないとアルフレッドは思うのだが、どうやらそんな様子もない。
「あー……いや、出ないな。船を持ってるわけでもねえし、この前の失敗がトラウマみてえになってる奴もいる」
海賊対策ということで交易船に護衛として乗り込む者が居ないわけではないが、今はその交易船が入ってこない。
かといって漁船の持ち主を説き伏せて海に行くという気概を持つ者も居ないらしく、戦士ギルドの面々は今は街道のモンスターや盗賊退治、あるいは雑用依頼などに精を出しているようだと漁業ギルドマスターは説明する。
「……いつまでもそうってわけにもいかねえんだがな。この町の魚を買いに来る商人は多い。連中が仕入れるのは干し魚や塩漬けだから今のところ在庫でどうにかなってるが、船が出れねえ事も来ねえ事もいつまでも隠しきれるもんじゃない。近距離で獲れる魚なんぞたかが知れてるし、交易船は特に重要だ」
交易船がバッサーレの港を見捨ててしまうような事態になれば、それは巨額の損失に繋がる。
バッサーレの代わりになりたい港や町など、沿岸を探せば幾らでもあるのだ。
そうなる前に、バッサーレには「原因を排除した」という実績がどうしても必要なのだ。
「頼む。戦士ギルドの連中は役に立たねえ。あんた等に頼るしかないんだよ」
「……承った。俺の全力をもってどうにかしよう」
「そう言ってもらえると、多少は気が楽になるよ」
どの程度本気で思っているかは不明だ。
アルフレッドが原因の端でも掴めばいいと思っているかもしれないし、実際に解決する事を期待しているかもしれない。
しかし、藁にも縋るような気分である事だけは間違いなさそうだった。
「ところで、一つ聞きたいのだが」
「なんだ?」
「昨夜から今朝にかけて、何か変わった事はあったか?」
そのアルフレッドの質問がバッカス号に関する事だというのは言わずとも理解できたのだろう、漁業ギルドマスターはしばらく考え込むようなそぶりを見せるが、やがて首を横に振る。
「……いや、何もないな。あえて言うなら昨日は多少海が荒れてはいたようだが、そのくらいのものだ」
「海を見に行った者は居ないのか?」
「いや……」
頬を掻きながら、漁業ギルドマスターは周囲で聞き耳をたてている漁師達を睨みつけ散らす。
「恥ずかしい話だが、「出られない海なんか見たくねえ」って奴も多くてな。荒れてる時に海に近づく奴もいねえから尚更だ。そのせいで船が居なくなった事にも朝まで気付かなかったわけだが……」
「そうか」
「ああ。すまねえな、役に立てなくて」
「構わない」
つまり、町では情報がこれ以上は手に入らないということは確定したわけだ。
ヒルダが到着次第海に出た方がいいだろうとアルフレッドは判断する。
「ん、だが……気になる事はあるな」
「気になる事、か?」
漁業ギルドマスターの呟きにアルフレッドが返すと、漁業ギルドマスターは海をチラリと見て頷く。
「ああ、昨日の天気は今日みたいに晴天だったはずだが……夜になって急に荒れただろう? だが別に雨も風もそうでもなかったと思うんだよな。荒れてたのはたぶん沖の方だろうとは思うんだが、それはそれで珍しい……」
言いかけて、漁業ギルドマスターは「まさか」と呟く。
「いや、でもな。まさか本当に海竜が……?」
「海竜、か。嵐を起こす能力があるのか?」
「ん、いや……」
アルフレッドの疑問に漁業ギルドマスターは中空に視線を彷徨わせ「聞いたことはないな」と答える。
「海竜の能力ってのは謎が多い。何しろ遭遇して生きてる奴なんてほとんど居ねえんだ。嵐を起こす力を持ってるともいうが、魔法でそうしてんのかそういう力があるのかも分からねえ。ひょっとすると、単純に偶然そういう天気だったのかすらもな」
「……ふむ」
「まあ、気にしねえでくれ。単なる戯言だよ」
「ああ」
漁業ギルドマスターは「んじゃ、任せたぜ」と言い残すと周囲の漁師を解散しろと怒鳴りながら坂を上っていく。
「……どう思う?」
「そうですね。「間違いなく海竜だ」と言えばアルフレッド様がこの依頼から降りてしまうかもと危惧した……というところでしょうね」
「心外だな」
「ふふふ、海竜はそれ程恐れられているということでしょう」
実際、海竜とは海で仕事をする者にとっては死神のような存在だ。
その可能性があるだけで家に帰って布団を被ってしまう者だっているだろうし……海竜、という言葉が聞こえた時点で巻き込まれないと逃げてしまった漁師達もいる。
この調子では、今日も「船を借りる」事は出来そうもない。
「おーい、おまたせー!」
そうやって蜘蛛の子を散らすように漁師達が逃げてしまった港に明るい調子でやってきたのは、包みを手に提げたヒルダだった。
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