朝、その変化

「……なんか騒がしいわね……?」


 朝、ヒルダが目覚め周りを見回すと、開け放たれた窓と……そこから外を見ているアルフレッドの姿があった。

 何やら真剣な表情の……といってもアルフレッドはいつもそうだが、外から聞こえる騒がしさもあるとなれば話は別だ。

 伸びをしてベッドから起きると、目を擦りながらヒルダは窓際へと歩いていく。


「おはよう。どしたのよ、アルフレッド」

「バッカス号が消えたらしい」

「ふーん」

 

 生返事をしながら港の方を見て……次の瞬間ヒルダは「はあ!?」と叫ぶ。

 慌てて振り向けば、そこには荷物に混ざって船長帽がある。

 あの船長帽が偽物でないのは確認済みだ。ノエルも特に何も言っていなかった。

 ならば、何故バッカス号が消えるというのか?


「……どういうこと?」

「分からんが……それと思わしき破片が流れ着いているらしい」


 幾つかのパターンが考えられる。

 何らかの手段でバッカス号を動かし、流れ着いた破片とやらは船の墓場にあった他の船の破片である可能性。

 そして、本当に何者かに壊された可能性。


「一応聞くけどアルフレッド、昨日の夜中は」

「港で戦闘音があれば気付くはずだ。だが、そんな音はしなかった」

「……そうよね。大体そうでなくとも、あんなデカい船を壊すなら町の誰かが気付いてもいいはず。ってことは、やっぱり逃げたのかしら」

「だとすると、追う必要があるな」


 ヒルダはそれに頷きかけて、首を横に振る。


「それはまだ先ね。夜の間に逃げたならもう相当遠くに行ってるだろうし、追うだけ無駄かもしれない。それより先に情報を集めましょ」


 アルフレッドには言えないが、どうせ逃げたところで、あの船の大砲を使って海賊をするならバレないはずがないとヒルダは判断している。その痕跡から追うのは簡単だ。


「情報、か」

「まずは港ね。とりあえず着替えるから……」


 外に出て、とヒルダが言おうとした直後、ドアを軽くノックする音が聞こえてくる。


「どちらさま?」

「セレナです」


 アルフレッドが近づきドアを開ければ、確かにそこにはセレナが立っていた。


「おはようございます。もう外の騒ぎについては?」

「ああ、これから情報を集めに行こうという話をしていた」

「そうですか。なら私もご一緒しても?」

「問題ない」


 アルフレッドは言いながら、まだ寝巻のヒルダへと振り向く。

 宿で用意している寝巻は分厚い上着とズボンという野暮ったいもので、アルフレッドはすでに着替えてしまっている。


「ヒルダ。なんだったら俺とセレナで先に港に行っているが」

「あー、そうね。ならあたしは朝食包んでもらってから追いかけるわ」


 行ってこい、とヒラヒラと手を振るヒルダに頷くと、アルフレッドはセレナへと頷いてみせる。


「では、私も出発の準備を整えてまいりますね」

「ああ」


 一礼して去っていくセレナを見送り扉を閉めると、アルフレッドは早速準備を開始する。

 ベッドに座って再び欠伸をしているヒルダをそのままに、アルフレッドは手早く鎧とマントを纏い剣を腰に差す。


「慣れたもんね。熟練の騎士みたい」

「そうか」

「……そういや、昨日は聞かなかったけど。アンタの英雄譚って……どんな題名なの?」

「俺の、か?」

「うん」


 なんとなくといった風のヒルダの問いに、アルフレッドは少し迷った後に「その題名」を口から紡ぐ。


「……黄昏の聖騎士伝、という」

「黄昏の……それって、アンタのこと?」

「ああ」


 黄昏の聖騎士。そうヒルダは何度か呟くと、「うん」と納得したように頷く。


「なんか納得したわ。そんな真っ赤な鎧、何の冗談かと思ったけど。聖騎士なら仕方ないわね」

「そうなのか?」

「そうよ。聖騎士って大抵ド派手だし」


 なるほどねー、などと言っているヒルダを見て「この世界の聖騎士」にアルフレッドは少し興味を抱くが……次の言葉に全てが吹き飛ぶ。


「どんなお話なの?」


 その言葉に、アルフレッドは虚を突かれたような表情になる。


「へ? あれ、なんか変な事聞いたかしら」

「いや……」


 分からない、が答えになる。

 アルフレッドは自分の物語「黄昏の聖騎士伝」がどんな内容であるのかを知らない。

 オープニングだけにしか登場しなかったが故に、語る物語を持っていない。

 明日香もノエルも、自分の世界を救う為に踏み出してはいた。

 だが、アルフレッドにはそれすらも許されてはいなかった。

 何かをする前に、アルフレッドの物語は終わってしまったのだ。


「俺も俺の物語がどのようなものであるのか分からないんだ。俺が何かをする前に、俺の世界は動くことをやめてしまったからな」

「断筆ってこと?」

「……たぶん、な」

「そ。悪い事聞いたわね」

「構わない」


 自分の事情を話した以上、いつかは語ったことだ。

 だがヒルダは本当に悪いと思っているらしく、僅かに落ち込んだような表情をしていて。

 アルフレッドは僅かに微笑むと、ヒルダの頭に手を置く。


「気にする必要はない。俺の世界はもう終わってしまったが、俺は今此処にいるのだから」

「……そうね」

「ああ、そうだ」


 再び叩かれる扉の音に身を翻すと、アルフレッドは扉へ向けて歩いていく。


「行ってくる、ヒルダ」

「うん。すぐに追いかけるわ、アルフレッド」


 あの時は持つ事さえ出来なかった、仲間もいる。

 そんな事が、今のアルフレッドにはたまらなく嬉しいのだ。

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