その夜に2

 夜。出港する船も入港する船もないが故に静かなバッサーレの港。

 そんな港に久々に入港した大型船バッカス号は……しかし、其処には無かった。

 遠くまで見渡しても、その姿は水平線にも見えず、まるで何処かに消えてしまったかのようだった。

 しかし、ほんの少し沖に出て空をくまなく探せばそれに気づいただろう。

 遥かな空の上。スイスイと優雅に空を進む、大型船の姿に。


「はーはっは! 甘ぇ甘ぇ! 氷砂糖より甘ぇってもんだ!」

「さっすがアニキだぜ! まさか予備の船長帽なんかあったとは!」

「だろぉ!? あの怖ぇ女もノエルも、まさか予備の予備があったとは知らねえだろうよ!」

「本物はキャプテン・ヴァンが持ってるしねえ」


 そう、このバッカス号を動かす為の船長帽は三つ。

 一つは本来の船長であるキャプテン・ヴァンの持つもの。

 一つはヒルダが没収した予備の船長帽。

 そして、もう一つ。「永遠のフローランド」では設定だけが存在した「予備の予備」の船長帽である。

 暇に任せて船の中をくまなく探していたサンバカーズがこれを手に入れてしまえば、考える事はただ一つ……自由への脱出であった。

 

「あの怖ぇ男も流石に空までは飛んで追って来れねえだろうしな!」

「冴えてるぜアニキ!」

「此処の出来が違ぇのよ、此処の出来がなあ!」


 ガハハと大声をあげて笑うオットーとオーバッカだが、そんな二人にオーニィは少し不安そうに声をかける。


「……でもさ、これからどうするんだい? 海賊業なんかしてたら、本気で追ってきそうだよ?」

「へっ! 昨日は近づいちまったから負けたんだ! あの魔導船が近づいてきたら、飛んで撃っておしまいよ!」


 空飛ぶ海賊船バッカス号の能力に、オットーは全幅の信頼を置いている。

 だからこそずっと隙を突いて奪いたかったのであり……それであるからこそキャプテン・ヴァンの居ないこの状況はオットーにとって最高だった。


「俺たちゃ、もう誰にも従わねえ! 奪って食って飲んで! 思う存分楽しく暮らすのさあ!」

「おう! 俺たちゃ最強の海賊団だ!」

「大丈夫かなあ……」


 それでも不安そうなオーニィをオットーとオーバッカは両側から囲むと、ゲシゲシと蹴り始める。


「んだよオーニィ。そんなに心配ならお前一人で降りたっていいんだぜ」

「そうだそうだ!」

「いたっ、痛いって! もう、分かったよ! ていうか僕が居なきゃ二人とも生活出来ないくせに!」

「へっ、分かりゃあいいんだ!」


 オットーは満足そうに笑うと、適当な方角を指差して胸を張る。


「そんじゃ行くぜ! サンブラザーズ海賊団、栄光への旅路だ!」

「おう!」

「はいはい」

『……残念ですが、貴方達が向かうのは冥界への旅路です』


 変声機を通したような奇妙な声が、突然響き渡る。その声はバッカス号の甲板に居た三人に確かに聞こえ……しかし、周囲を見回しても何もいない。


「な、なんだあ!?」

「誰かいるのか!」

「ま、まさかゴーストじゃないのかい!?」

『守るでもなく、奪うだけの愚か者。唯一の機会すらも手放すその愚かしさ……実に救い難い』


 何もいない。誰も居ない。なのに、声だけが聞こえてくる。


「誰だ! コソコソ隠れて愚か愚かと……出てきやがれ!」

「アニキ、なんかヤバいよ! 逃げよう!」

「ふざけんな! こっちゃ空飛んでんだぞ! しっかり高度をとってりゃあ……!」

『その思考もまた愚かしい。けれど、私はそれでも貴方達に救いを与えてみようと思います』


 謎の声は、オットー達にそう告げる。何の感情も読み取れないその声からは、言葉とは逆に慈悲の感情も読み取れはしない。


『今すぐ港へ戻りなさい。そしてくだらない考えを捨てるのです。奪う側から、守る側になりなさい』


 そう告げる声に……三人は静かに押し黙り、顔を見合わせて。

 次の瞬間、腹を抱えて大爆笑した。


「ぷはは! はーっははは! 守るぅ!? 俺達がか!」

「いひひひひ! わ、笑え過ぎて腹痛ぇ!」

「あはは……そりゃあないよ。守るとかなんとか、向いてないよ。僕達、海賊だよ?」


 この中では唯一他の二人より平和的な思考であったはずのオーニィですら苦笑気味であり、その口の端には明らかな侮蔑が浮かんでいる。

 そう。この三人については、アルフレッドやノエルの考察は一部間違っていた。

 確かにこの三人は小悪党であり、たいした悪事も出来ないタイプだ。

 しかし「たいした悪事が出来ない」から悪党でないかといえば、それは違う。

 小悪党とはいえ根っからの悪党であり、仕方なしに悪事を働くが故小悪党になった者とは種類が違う。

 だからこそ「改心しろ」と言われてするはずがない。

 ボコボコにのされて「反省してます」と口で言っても喉元過ぎればすぐに次の悪事を働くような、そういうタイプなのだ。


「ははは! あー、もう付き合ってられねえ! バッカス号、全速前進! 声だけバカは置いて新天地へGOだ!」

「オーケイ、アニキ!」

「それがいいね……!」


 船長帽を深く被りバッカス号の速度を上げようとするオットーだが……一瞬にして変わった空気に、思わずバッカス号を停止させる。

 そして、その勘は正しかった。バッカス号の突き進もうとしたその先。

 その空間を貫くように、海面から巨大な水竜巻が立ち昇ったからだ。


「な……ななな、なんだあ!?」


 水竜巻はバッカス号の行く手を塞ぐように周囲から次々と立ち昇り……まるで牢のように取り囲む。


「あ、アニキ! なんかヤバいぜ!?」

「落ち着け! すぐに高度を上げて……!」

『良く理解できました。ならば私は「まだ見ぬ誰かを守る為の正義」を執行しましょう』


 再び響く声。そして、正面の水竜巻の中で二つの目が光る。

 

「なんだありゃ……巨大な鎧騎士……ゴーレムか!?」

『逃げられるとは思わない事です。私とアクエリオスは……水中では「天魔星」相手であろうと負けはしません』


 青い全身鎧を纏った、巨大な鎧騎士。

 あるいは「ロボット」と呼ばれるであろうソレが僅かに手を動かすと同時に、全ての水竜巻がバッカス号へと襲い掛かった。

 響く破壊音と悲鳴。けれどそれは、まるでこの惨状を隠すかのように荒れ模様となった海の音に阻まれて港までは届かない。

 けれど海を見れば誰もがその異常に気付いただろう。

 漁に出る事すらも出来ない夜の海を好んで見に行く者が、この漁業の町にいるのであれば。

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