正義は飯を奢ってくれない
「……そうだな」
「そうよ」
「だが……正義を守って飯が食える仕組みがあるのなら、世界から悪は減るのかもな」
「どうかしら。ていうか、飯食う為に正義を守るって、アンタ的にはアリなの?」
言われて、アルフレッドは考え込み……やがてゆっくりと、首を横に振る。
「少なくとも、俺がそれをするとは思えない」
「でしょうね。つーか良く考えたらそれ、賞金稼ぎだし。そもそもあいつ等正義かっつーと……」
戦士ギルドの中でも賞金首専門の連中を賞金稼ぎと呼ぶが、裏の裏を掻くような生活をしているせいか荒んだ者が多い。彼等を正義の味方と呼ぶかというと、かなり疑問符がつくところであった。
正義の味方。そう呼べるのは、ヒルダが会った中では……。
「
剣を帯電する槍に変えていたアルフレッドを見ながら、ヒルダは疑問をぶつける。
「ていうかさー。アンタ、なんでこの町に留まる事にしたの? まさかお嬢様とお付き合いするつもり?」
「ん?」
槍を剣に戻したアルフレッドは鞘に仕舞って立てかけると、ヒルダへと視線を向ける。
「俺がビオレと、か?」
「だって、あのお嬢様はそのつもりでしょ? 町長はどういうつもりか知らんけど、ありゃ値踏みする目だったわよ」
何しろ、アルフレッドの見た目は美形の騎士だ。何処かの貴族といわれても通用しそうなだけに、町長としても新しい厄介者かどうかは気になったのだろう。
こうしてヒルダの家に転がり込んでいるのが町長の目にどう映るかは分からないが……。
「……そのつもりはないな。彼女が俺を好いているのは、危機から助けたからだろう。落ち着けば真に愛する人が現れる」
「そういうのから始まる愛もあるんじゃないの?」
「……かもしれないな」
アルフレッドとて、ビオレからの熱い視線を受け続けていれば流石に理解できる。
しかし彼女の愛を受け入れて平穏な生活をするのも、彼女を厳しい旅に連れていくというのも無い。
あのデルグライファのような化物が他にもいるのであれば、そこには危険しかないからだ。
「俺は、あのデルグライファのようなモノをこれからも相手にする。彼女をそんな生活に引き込むのは酷というものだろう」
「そこよ」
「どこだ?」
「なんでアンタがあんな化物を「これからも」相手にするのよ。ていうかその語りをするってことは、今回の件……まだ終わってないとみてるってことね?」
ヒルダの指摘にアルフレッドは目を丸くして「ほう」と呟く。
「……まさか君も、同じ考えだったのか?」
「でなきゃ、簡単に男なんか家に泊めないわよ。アンタがしばらく町に居るって言った時点で予想したっつーの」
もし何かがあってもアルフレッドが居れば撃退できるという目論見がヒルダにはあった。
そして、ついでにもう一つ。
「まあ、その件はちょっと置いといてさ。今回の件が解決したらアンタ、どっかに行くんでしょ?」
「まあな」
「なら、あたしを雇わない?」
「何故だ?」
本気の疑問符を浮かべるアルフレッドを、ヒルダは馬鹿にした顔で見る。
「何故も何も。アンタ一人放っておいたら、正義守って野垂れ死ぬでしょ? 代価に礼金貰うって発想がないんだから」
「いや、俺だってそのくらいは」
「それに関しちゃ信用しないわよ。アンタ自分の取り分も部屋の隅に放置してるし」
そう言って、ヒルダはアルフレッドの取り分の金袋を指差す。部屋に放置されたそれは早くも埃を被る勢いであり、どれだけアルフレッドが金に執着していないかをよく示していた。
「前にも言ったけどね、あたしには夢があんのよ」
「ああ、言っていたな。その場しのぎの嘘かと思っていたが」
「このやろう。とにかくね、あたしは夢があるの」
「いい事だな。きっと叶うだろう」
「アンタ、ちょっとはあたしに興味もちなさいよ!」
揺さぶられて仕方なさそうにアルフレッドは「どんな夢なんだ?」と聞いてくる。
「ふふん、いい? あたしはね、こんなケチなとうぞ……罠士稼業で終わりたくないのよ! もっと稼いで贅沢に暮らして、イケメンで性格もイケてる旦那を捕まえて最強に幸せになるの! 誰もが「アイツは世界最高に幸せだ」というような、そんな生活をしたいの!」
「なるほどな。ところでちょっと扱い方によっては危険そうな物を出そうと思うんだがいいか?」
「良くないわよ! ていうか何か感想!」
迫られて、アルフレッドは迷惑そうな顔をする。
「そうだな……そんな生活をする為には盗賊の仲間になっていては駄目だと思うぞ」
「夢の為には汚れ仕事だって大事でしょうが」
「その考えを否定はしないが、盗賊仕事は悪だと思うぞ」
「分かってんのよ、そんなこたぁ」
分かっていたって先立つものは必要になるし、仕事をこなさなければ大きな仕事だって入ってこない。
戦闘力に欠けるヒルダが成り上がるには、どうしたって手先の器用さを利用する仕事になるし……そういう仕事は裏の仕事が多い。
「だからアンタよ、アルフレッド」
「ん?」
「アンタ滅茶滅茶強いけど、常識ないし浮世離れしてるわよね」
「……」
否定はしない、というより出来ない。
ヒルダの家に転がり込んでからも、アルフレッドは「知識としては知っているが……」を連発し続けている。
空っぽのアルフレッドがそういう知識を持っているのは女神ノーザンクの力か何かなのだろうが、それを実際にやるとなると勝手が違う。
「正義バカなところもそう。アンタには、補佐できる人間が必要なのよ」
「君なら、それが出来ると?」
「勿論。出来ないのは戦闘くらいだけど、それはアンタが一人でどうにか出来るでしょ?」
確かに、悪い話ではない。
こうして過ごしてみてアルフレッドはヒルダという少女が悪ではないと知っているし、とっつきやすい性格をした少女でもある。
何より罠士ギルドなる組織とも繋がりのある彼女と一緒にいることは、潜む悪を発見することにも役立つかもしれない。
「……君に色々期待していいということ、だな?」
「そうね。あたし、役に立つ女よ?」
アルフレッドはしばらく考え込むように黙り込み……やがて、ヒルダへと手を差し出す。
「雇う、ではなく仲間ということでいいなら受け入れよう」
「どっか違うの、それ?」
「違うさ。金ではなく、信頼で繋がるということだ」
「別にそれでもいいけど、貰うもんは貰うからね」
「構わん。俺は金にはあまり興味がない」
「知ってる」
そんなヒルダの苦笑と共に、握手が交わされる。
アルフレッドとヒルダ。二人のパーティは、こうして結成されたのだった。
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