偽りの平穏
それから二日が経過した。
町長のドルマに引き留められるままに、しばらくアルテーロの町に留まることにしたアルフレッドだが……屋敷でもてなしたいという誘いを断り、別の家に転がり込んでいた。
「……ていうか、お嬢様の屋敷がダメであたしの家ならいいっていう判断基準が分かんないんだけど」
ソファで集中するように目を瞑っていたアルフレッドに、別のソファでダラダラとしていたヒルダが声をかける。
そう、アルフレッドが転がり込んだのはアルテーロの町の端にあるヒルダの家。といっても罠士ギルド紹介の借家らしいが、それはともかく。
「……
目を瞑ったままであったアルフレッドの額に大きめのサークレットが現れる。
額の部分に赤く大きな「目」を思わせる宝石がついているのが印象的で、材質不明の装飾部分も含め抗いがたい何かを感じるようなソレに、ヒルダは思わず瞳を輝かせる。
「あ、なんか高そう! ていうかずっと思ってたけど、アンタってそういうお宝たくさん持ってんの?」
アルフレッドの正面に回り込んで宝石をじっくり見ようとするヒルダだが、アルフレッドはそれを予測していたかのように別方向へと向いてしまう。
「ちょっと」
更に回り込もうとしたヒルダから逃げるようにアルフレッドは更に別の方向を向いてしまう。
「……悪いが、しばらく俺の視界に入らないでくれないか」
「視界ってアンタ、目瞑ってんじゃん。ていうか何、気配でも読んでんの?」
何としてでも正面に回ろうとするヒルダと避けようとするアルフレッドの攻防が続き、やがてアルフレッドは根負けしたかのようにサークレットを外してしまう……が、すぐにそのサークレットをソファーに宝石部分を隠すようにして押し付ける。
「あー! なんでそこまでして見せないのよ! 別に盗りゃしないわよ!」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ何よ!」
詰め寄るヒルダにアルフレッドはしばらく迷ったような様子を見せると、ふうと溜息をつく。
「……このサークレットは第三の目という。能力はどうやら、見えざるものを見通し届かぬ場所へ届く力を持っているらしい」
「ふむふむ?」
「つまりだな」
「うん」
「……その能力の一つとして、透視がある」
「……」
アルフレッドの言わんとするところを察して、ヒルダは固まる。
しかし、しかしだ。
アルフレッドは目を閉じていた。その割にはまるでヒルダが見えていたように視線を逸らしたが。
いや、ということは。
「えーと。その透視能力とやらは具体的にはどのくらい? あと、目瞑ってても見えるの?」
「少なくとも、君が動く骨の類に見えなかったのは確かだ」
「何の安心も出来ないじゃないの! 言えコラ! その犯罪者御用達のアーティファクトで何見たってのよ!」
アルフレッドに掴みかかりガクガクと揺さぶるヒルダに、アルフレッドは真面目な顔でヒルダを窘める。
「そういう言い方は良くないぞ。確かに俺も予想外の能力だったが、ちゃんと制御すればそうはならないはずだ」
「何真面目な顔で語ってんのよ! だったら最初から制御しなさいよ! ていうか謝れ! 乙女の身体はタダじゃないのよ!」
「そうだな、すまなかった。だが俺が君に劣情の類を抱いていないのは保証しよう」
「あああああああ! こいつムカつくううう! 悪気がないのが更に腹立つ!」
ひとしきり悶えると、ヒルダは息を整えてアルフレッドへと微笑みかける。
「でもまあ、それって全部アンタの自己申告よね」
「む? まあ、そうだな」
「ひょっとしたら悪質な冗談かもしれないし、ちょっと使わせてくれる?」
「……いや、やめておいた方がいいと思うが」
「なんでよ」
「かなりえげつない防御機能があるようだ。持ち主以外が被ると電撃を発する能力がある」
そうまで言われてしまうと、ヒルダとしても二の足を踏む。昨日の剣の凄まじさを見ていれば、あながち冗談とも言えないからだ。
「チッ、だったら慰謝料代わりにそれ貰えないじゃないの」
「使えない道具などあっても仕方ないだろう」
「じゃあ他に何かないの、何か!」
「別に君に披露するためにやっているわけじゃないんだが……」
「うっさい、いいから何か出せ!」
アルフレッドに額をぶつける勢いで迫るヒルダに、アルフレッドは仕方なさそうに第三の目を消す。
便利そうな能力をたくさん持っているから検証しておきたかったのだが、仕方ない。
「
アルフレッドの額に現れた黄金のサークレットを見て、ヒルダは「おー!」と声をあげた後に両手で自分の身体をサッと隠す。
「まさかソレにもおかしな透視能力とかついてないでしょうね!」
「いや、そんなものはないようだな」
「そ、ならいいわ」
安心したような表情になると、ヒルダはジロジロと黄金のサークレットを眺めまわす。
材質は恐らく金……それも純度のかなり高いもの。
装飾はよく分からないが緻密で、リングで吊るした小さな板のような飾りが幾つもついているのが印象的だ。
戦闘に役立つとは思えず、祭事の時に使うような……そんな類のものにも見える。
歴史的な価値や魔力の有無についてはヒルダは詳しくは分からないが、それでもビリビリとくるものはある。
おそらく……いや、間違いなく高い。売れば三百万イエンを下回ることはないはずだ。
「ねえ、それ」
「これはどうやら、着けた者の身体能力を向上させるようだな。同時に試練を与える効果もあるようだが……他にも何か……」
「試練って何よ! 物騒なもん出してんじゃないわよ!」
「む」
言われてアルフレッドが夜叉金冠を消すと、ヒルダは疲れたようにソファに座る。
「……で? そういうの幾つ持ってんのよ」
「言われてすぐに答えられないくらい、だな」
「ないわー……それで一文無しとか、普通あり得ないわー」
勿論、今は一文無しではない。ドルマから渡された礼金をアルフレッドが固辞しようとしたところをヒルダが受け取り、半分以上をアルフレッドに押し付けている。
その金袋は部屋の隅に置かれているのだが……それまで一文無しだったというのも、ヒルダには信じられない。
「まあ、アンタの事だからその正義バカで何も受け取らずにいたんでしょうけど。正義は別にアンタに飯奢っちゃくれないわよ?」
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