勇者ですか?
「……勇者。そんなものがこの世界に喚ばれたのか?」
「いいや、それについては分からねえ。そういう儀式が行われていたって話はあるが、その後成功したって話も失敗したって話も聞かねえ」
「だったら違うんじゃない? 連中だったら成功したなら大々的に宣伝するでしょ」
「まあ、確かにな……」
店主とヒルダの話を聞きながら、アルフレッドは考える。
その召喚の儀式とやらには心当たりがある。
女神ノーザンクの言っていた、破綻した召喚術式とは恐らくそれのことだろう。
だとすると、それは失敗しているはずだが……。
「そんなものを召喚しなければならない事情がある、ということだな」
「あ、また正義面してる。やめときなさいよ、教国なんてロクな国じゃないわよ」
まるでアルフレッドの心を読んだようにそう言うヒルダに、アルフレッドは疑問符を浮かべる。
「何故だ?」
「……聖レリック教国ってのはな、めんどくさい国なんだよ。光の女神ファルスってのを唯一神として崇めてるんだが、とにかく異教徒を認めねえ。そんなにデカい国じゃねえから影響力も低いんだが、自分達を正義だと信じてるからタチが……ああ、兄ちゃんの事を言ってるんじゃねえからな」
「ああ」
何やらニヤニヤと笑っているヒルダを視界から外しながら、アルフレッドは頷く。
「身につまされるものあるんじゃない?」
「無いな」
「まあ、そんなわけで兄ちゃんもそっち方面かと思ったんだよ。魔力もやけにデカかったしな……」
最後の言葉にアルフレッドが「魔力?」と反応すると、店主は「あー」と呟く。
「見えるんだよ、魔力がな。そういや自己紹介してなかったが俺ぁ魔法系専門の罠士、ドゥムだ」
「アルフレッドだ。とにかく、俺はその国とは今のところ関わりはないな」
「そうか」
ドゥムが頷いた丁度その頃、遠くから鎧をつけた男達がガシャガシャと音を鳴らしながら走ってくる。
警備兵ね、と呟いたヒルダはアルフレッドの胸元を叩くと「あたしに任せて」と小さく呟く。
やがて走ってきた警備兵達は殺気立った表情でアルフレッド達の前までやってきて……その口が開かれる前に、ヒルダが「遅い!」と一喝する。
「何やってんのよ、とんでもない奴が暴れてたってのに全部終わってから来るんじゃないわよ!」
「な! これでも我々とて急いでいる! そんな事より、この有様は何事だ!」
「何事じゃないわよ、あの三男坊の坊ちゃんが変な魔剣振るって化物になって大暴れしたのよ! 自分の配下までブッ殺してね!」
「なっ……」
言われてみてみれば、確かにラボスの連れていた騎士達の遺体が転がっている。
何らかの魔法で死んだと思われるそれらを検分して、警備兵達はザワつき始める。
「そ、それで……そのラボス殿は?」
「アルフレッドにボコられて逃げたわよ! だっていうのにアンタ等ときたら、こんな所にノコノコと……さっさと探しなさいよ!」
「うぐ……よし、探せ! 見つけたらすぐに報告を!」
言いながら走っていく警備兵達を見送り、ヒルダはフンと息を吐く。
「……別に倒したと言ってしまっても良かったんじゃないのか?」
「ダメよ。貴族は手を出した後が面倒だって言ったでしょ? 全面的にアイツに責任押し付けとかないと、何言われるか分かったもんじゃないわよ」
どうせラボスが化物になった後の目撃者は他にいない。
逃げたことにしておけば、「お前が殺した」などと言われずに済むというものだ。
「しかし」
「うるせーわよ。なんでも正直に言うのが正義ってわけでもないでしょうに」
「……まあ、な」
見上げてくるヒルダに、アルフレッドは少しだけ意外そうな顔でそう答えて。
そんなアルフレッドにヒルダは不審なものを見る目を向ける。
「何よ、その顔」
「いや、君は常に悪巧みをしている印象があったが……」
「ぶん殴るわよ、この野郎」
掴みかかるヒルダとあらぬ方向へと視線を向けて誤魔化すアルフレッドをじっと見ていたビオレだったが……やがて、意を決したように一つの疑問を投げかける。
「あ、あの……もしかしてお二人はお付き合いをされているのですか……?」
「してないわよ! あ、えーと……してないです! でもお嬢様、正直この正義バカはやめといたほうが!」
「え!? い、いえいえいえ! そういうわけでは!」
言いながら顔を真っ赤にしてしまうビオレに「あちゃー」という顔を向けた後、ヒルダはアルフレッドをちらりと見上げる。
こちらは照れた様子すらも一切ないが……。
「……ちなみにアンタはどうなのよ」
「俺も君はちょっと」
「誰があたしの話をした! ていうかちょっとってなんだ、あたしの何が不満か言ってみろ!」
「主に最初の印象だろうか」
それを言われると何も言えずヒルダは黙り込み、怒りの矛先を見失ったまま何かを言いかけ……しかし諦めて長い溜息をつく。
「……とにかく、あの三男坊の件はこれで解決よね。万が一何かの間違いで生きてても、もう権力振りかざせるとも思えないし」
ラボスが魔剣を振り回したあげく化物になった時点までは目撃者がいる。
フルシード男爵もそんな事態を庇うわけにもいかないだろうし、万が一噂になって広がったら国から突かれるのはフルシード男爵の方だ。
「あとはお嬢様をお屋敷までお送りすればめでたし、と」
「おい、俺の宿はどうするつもりだ」
「知らないわよ、壊れたのはあの三男坊様のせいでしょ?」
「……その方向でやってみるか」
何やら悪巧みを始めたらしいヒルダとドゥムから視線を外し、アルフレッドは町の破壊痕を見渡す。
デルグライファとアルフレッドの力のぶつかり合いでこうなってしまったが、他に似たような連中……いや、もっと危ない連中が何処かにいるのならば、その被害はどれ程のものになってしまうのか。
「……俺も、もっと強くならねばな」
もっと、自分に託された英雄達の力を知り使いこなさなければならない。
そんな事を考えながら、アルフレッドは拳を握りしめた。
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