罠士ギルドにて
罠士ギルド。
アルテーロの町の端……しかも絶妙に目立たない場所にそれはあった。
大通りに面していて、威圧感を与えないような明るい色の石を使った二階建。
しかしそれでいて何故か目立っていないのは、その周囲が地味な店ばかりだからだろう。
古書店、古道具屋、家具屋……。普段はあまり入らないような、しかし掘り出し物を求める客や趣味人は足繁く通うような店が並んでいる。
そんな間に「偶然」挟まれた罠士ギルドにヒルダはやってきていた。ちなみにアルフレッドは家に放っておいても心配なので近くの古書店に放り込んでいる。
まあ……これも「偶然」なのだがその古書店も罠士ギルドのギルド員の店である為、何かあれば知らせてくれるだろうという目論見もある。
流石に罠士ギルドの中にまでアルフレッドを連れて行くわけにもいかず、こうなったのだが……。
「やっぱ連れてくればよかったかしらねー」
罠士ギルドのカウンターに近づくなり囲まれ武器を突き付けられたヒルダは、冷や汗を流しながらそう呟いた。
「えーっと……一応聞くけど、どういうつもり?」
「どういうつもりはこっちの話だぜ、ヒルダ」
武器を突き付けていたうちの一人……暗殺担当の罠士が淡々とした声でそう言い放つ。
「お前、確かチャルスのとこに依頼受けて派遣されてたはずだよな。仕事邪魔して全滅させて帰ってくるたあ、どういう了見だ」
「そ、その件は一昨日報告したじゃない! チャルス達が仁義に反したのが悪いのよ! その時点で仲間という括りからは外れるはずだし報告は受けてるはずよ!」
そう、ヒルダはすでに大熊の髭亭の店主からのルートで罠士ギルドに報告をしている。
裏切ってはいない。そう伝え、大熊の髭亭の店主……ドゥムも納得していたはずだ。
だというのに、何故。
「そういう問題じゃねえんだよ……連中が仁義に反したのは悲しい事だ。お前が見限るのもまあ、仕方ねえ。だがな……仕事を邪魔したのは大問題だ」
「し、仕事って……まさかとは思うけどビオレ様の誘拐って」
その可能性は考えていた。いくらチャルス盗賊団がそれなりに腕が立つといっても、警備兵を出し抜いて町中からビオレを誘拐できるとは思えない。
となると、チャルス盗賊団の「外」にそれを可能にした戦力があったわけで……それは、つまり。
「そうだ。あの件はギルドが受けた裏の仕事だ。安くねえ経費がかかってるってのに台無しにしやがって……ブッ殺されてえのか」
「ま、待った待った! 仕事がかち合った場合の原則は「実力主義」でしょ!? あたし悪くないじゃん!」
表の仕事と裏の仕事がある以上、罠士ギルドのギルド員同士が戦うことは多い。
その場合は「勝った方が正義」が原則であり、そこに瑕疵はないはずなのだ。
「そうかもしれねえ。だがな、俺はむしろ全部お前の計画なんじゃないかって疑ってる」
「け、計画って何よ」
「だってよ、あり得ねえだろ。偶然チャルス共をどうにか出来る奴が森の中に居て、偶然チャルス達の仁義破りをお前が目撃した。でもって、偶然そいつは悪党が許せない男で……偶然、俺達の仕事とかち合った」
ここまで言って、暗殺担当の男は深い溜息をつく。
「ここまで偶然が揃ってたまるかよ。なあおい、お前……俺達の仕事の情報掴んで、美味い汁吸うつもりだったんじゃねえのか?」
「ないない、あり得ない! ちょっと待ってよ、そんな因縁つけてどうしようっての!」
確かに言われてみると怪しくも聞こえるが、実際に全部起こったことなのだから仕方ない。
まあ、確かにチャルス達の本拠地をアルフレッドにバラしたのはヒルダなのだが、それはさておきビオレの件は完全に偶然だ。
「……本当に偶然か? 俺はお前こそ、簡単に仁義破りをしそうに見えるんだがな」
「そ、そりゃあ偏見よ! ていうかそっちこそ「実力主義」の原則を簡単に破ってるじゃない! アンタみたいな物騒なのがそんなんじゃマズいんじゃないの!?」
冷や汗を流しながらもヒルダは必死で主張する。アルフレッドがこの場に居れば全員ぶっ飛ばしてはくれるだろうが、流石にこの状況ではヒルダが刺される方が早い。
無言の暗殺担当の男達に囲まれたまま起死回生の策を探るヒルダに「……そのくらいにしとけ」という声が聞こえてくる。
「ヒルダの言うとおりだ。結果が気に入らねえからって因縁つけるのは良くねえわな」
カウンターの奥から進み出てきたのは、一見人の良さそうに見える丸々とした体形の男。
恐らくは五十代くらいであろうと思われる壮年の男に誰かが「マスター……」と呟く。
「し、しかしギルドマスター。こんなデカい仕事に失敗したとなると」
「仕事は果たしただろ。あの坊ちゃんがタラタラしてたのが悪ぃんだ」
そう言って笑うと、笑顔のままギルドマスターは暗殺担当の男を睨みつける。
「……でなきゃ、お前等が常駐してりゃよかったんだ。それでかち合いが回避できたかもしれねえ」
「そ、それは」
「油断したおめぇが間抜けってこったよ。武器を収めな、みっともねえぜ」
「……くっ」
言われてヒルダに突き付けられていた武器が引かれ、ヒルダが安堵の息を漏らす。
「た、助かりましたマスター……でも、もうちょい早く助けてもらえると」
「ははは、そりゃな。お前がやらかしてた可能性だって無くもねえんだ。簡単に味方は出来ねえわな」
笑いながらギルドマスターは「で?」とヒルダに問う。
「今日は何の用だよ。お前、ここ二、三日あの噂の兄ちゃんと同棲してんだろ? 結婚引退ってやつか? 祝儀なんか出さねえぞ」
「なっ、ち、違いますよ! アレとはそんなんじゃないですから!」
「そうかあ? まあ、いいや。なら何だよ」
からかわれてるだけだと察したヒルダはギルドマスターを睨むと、元々の用件を伝えるべく口を開く。
「……あの三男坊様が持ってた魔剣のことですよ。ビオレお嬢様曰く、あの三男坊様からは「闇の匂い」がしてたみたいですけど。森に湧いてたアンデッドの件からしても、三男坊様がヤバいの連れてた可能性があります……その辺、情報あったら買いたいなって」
「ねえな」
ヒルダに、マスターはそう即答する。
「中々興味深い話だが、それに関する情報は無い。ほれ、分かったらさっさと帰れ。お幸せにな」
「だから……っ、ああ、はいはい。帰りますよ」
マスターの目の奥が笑っていない事に気付いたヒルダは、そのまま身を翻す。
ヤバい。
これ以上首を突っ込んだらヤバい。
本能でそう感じ取ったのだ。
「まあ、何か情報入ったら売ってよね」
「ああ」
帰ってきた返答が真実ではないことを感じ取りながらもヒルダは罠士ギルドを去り……そして、部屋の隅に老人の姿がゆらりと現れる。
「ふぁふぁふぁ……中々に演技者ですの、ギルドマスター殿」
「褒められても嬉しかねえな」
そう、そこに居たのはラボスにドーマと呼ばれていた老人。
その老人に真顔を向けると、罠士ギルドのマスターは「元々の用件」に入る。
「で……さっきの依頼だが、本気か?」
「勿論ですとも」
ギルドマスターの「確認」に、ドーマは頷く。
「アルフレッドとその仲間の暗殺、前払いで五億イエン。成功報酬で更に十五億イエン。間違いなく支払いましょうぞ」
そう告げると、ドーマは何処かから金のどっさり詰まった袋をドサドサと出していく。
それを「仕舞え」と言わない時点で……罠士ギルドの方針は決定した。
その場にあったのは不気味な笑みを浮かべたドーマと……仮面のような無表情となった罠士ギルドの面々だけだった。
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